うり 「はい!今日はここまで!次までに課題をクリアできるように頑張りましょう‼」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
 更衣室で着替えながらのいつものおしゃべりを始める。
「今日はお母さんとお父さんと、一緒にお外でご飯を食べるんです‼!」
「あら、いいわね!私は今日はこれからジムに行くわ!」
「夏葉ちゃん⁉これからトレーニング行くの⁉」
「勿論よ!ジムまでもランニングで行くわ!」
「さ、流石だね...!私は電車もあるから帰るけど...樹里ちゃんと凛世ちゃんは⁇」
「あー、化粧水切れるんだよな、凛世、一緒に買いに行かないか?」
「ふふ...勿論、ご一緒いたします」
「よし、じゃあアタシは昨日乗って帰れなかった自転車出しとくから先行ってるな!」
 着替えの早い樹里はデオドラントの香りを振りまきながら走っていく。そのシトラスの香りには、凛世を安心させる何かがあった。
 ☆
駅方面に向かった三人を見送り、凛世は外に出た。
(樹里さんは...いた...。)
樹里は自転車によりかかって待っていた。こちらを見つけるや手招きをしてくる。
「樹里さん...。長らく、お待たせしました...」
「そんなことねーよ、ほら、歩道側」
「いつも...ありがとう...ございます」
「気にすんなって、アタシは自転車もあるしさ。ほら、荷物もカゴに入れて...っと。じゃあ商店街、行こうぜ!」
「ふふ...樹里さんは...「ぷりんす」のようでございます...」
「なっ...そんなこと言うなって‼」
他愛もない会話。飲んだ飲み物、寮母さんが作ってくれたお弁当の話。そんなありきたりの日常がとても楽しかった。
 商店街での買い物を済ませて、外に出る頃には、空は茜色に染まっていました。
「これは帰ったらご飯すぐだな...コロッケ、食べて帰ろうと思ってたんだけど..」
「ふふ...半分にすれば...夕食も入りましょう...」
「そうだな。じゃあすきやきコロッケを...」
その時でした。
「あれ?樹里ちゃんだ!おーい!」
そちらを向くと、樹里さんと同じ制服を着た、髪を茶色に染めている、女性がいました。
「お、おー...こんなところで奇遇だな」
「いやー樹里ちゃんこそこんな所にいるの珍しいでしょ!ってかアイドルって商店街とかいるんだね!びっくりだよ!」
(凛世は...ころっけを...)
 ころっけを買い求め、振り返って樹里さんの方を見ていました。
「樹里さん...?」
いつもは見せない、苦笑い。
「樹里さんは...あのお方が...ふふっ..」
凛世は驚きを隠せませんでした。
「今...凛世は...何故、笑ったので、しょうか...」
答えなど、一つしかありません。
(凛世は...あのお方より樹里さんと仲がいいのが「嬉しい」のでしょうか...)
 樹里さんがちらちらとこちらを見ていることに気付きます。優越、というのが正しいのでしょうか、そんな気持ちで心がぽかぽかするのを感じます。
「樹里さん、夕食に間に合わなくなります故...」
「そうだな...!じゃあ、そろそろアタシ達は帰るから...!」
「そっか‼樹里ちゃん‼またね‼」
向かいではなく、隣。
(凛世は...この位置が「好き」...)
 ☆
ころっけを半分こして、寮までの道を歩いていました。
 昨日降った雨でできた水溜りがまだ蒸発せず、夕焼けの空の茜色を反射してこちらを照らします。
寮が見えてきた時でした。大きな水溜りを避けて、進んだ時です。車が近づいてくる音がしました。
「凛世‼!」
ばしゃっ、と水溜りの水が跳ねる音が聞こえます。
がしゃん!と自転車の倒れる音がしました。
からから、と自転車のたいやが空回りする音が聞こえます。
「凛世、濡れてないか?」
樹里さんは、自転車を手放し、凛世に抱きつく形で水溜りから守ってくれたのです。手を伸ばして背中に触れると、ぐっしょりと濡れています。
「樹里さん...背中が...」
「こんなのいいんだよ。凛世が濡れてないならさ」
樹里さんは、痛いぐらいに抱きしめてきます。
その腕の中はなんだかあたたかくて。
顔が真っ赤になっていくのが、鏡を見ないでもわかりました。
 樹里さんが、凛世を離して、自転車を起こします。かごから出た荷物も叩いて埃を払っています。
「濡れちまったし、寮まで急ごうぜ、ってもうすぐそこだけどな、ほら凛世、行こうぜ!」
 一歩先を行こうとする樹里さんを見て、気がついた時には、その背中に抱きついておりました」
「なっ、凛世!そんなことしたら濡れちゃうだろ!」
構いません。顔を見られたくありませんでした。
「凛世は、樹里さんをお慕いしております...」
「なっ...!」
「凛世は...樹里さんのことが好き、です...」
「意味はわかるけど!...!その、ありがとうな。アタシも大好きだよ。凛世のこと」
世界が明るくなる気がしました。
いつの間にか樹里さんは自転車にスタンドをかけて、こちらを向いております。
「って凛世⁉なに泣いてるんだ⁉顔も真っ赤だぞ⁉」
涙が溢れるのを感じます。胸が今にも爆発しそうなほどに、どくん、どくんと早鐘を打ちます。
樹里さんは今度は正面から、優しく凛世を抱き寄せます。
「その...嬉しいよ。そこまでアタシのことを好きって言ってくれるのがさ」
背伸びを、します。
息を止めて、口付けをしました。
多分、2、3秒、だけど、凛世にはとても長くて、幸せな時間でした。
「樹里ー!凛世ー!そこで何しとるとー!早く帰ってくるとよ‼夜ご飯、できてるばい‼」
「恋鐘!悪い!今行く‼...凛世、ほら、泣くのはやめだ。あとで凛世の部屋行っていいか?いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだ」
「はい...!樹里さん...!」
寮までは、もう少しもありません。
でも、ここまでの道とは違って、なんだか特別な感じがしました。
夕焼けの空が、ちょっとずつ闇に染まっていきます。
いつもは少し寂しい、夜の入り口、今日は、とても楽しくて、幸せなことが起きる予感がしました。
寮の皆さんに、涙を心配されたのは、また別のお話でございます。