トイレに響く、水の弾ける音。
鏡の中に濡れた顔を覗き込み、樹里は自分の唇を拭った。顔に水を打ち付けたことで、少し、化粧が落ちてしまったかもしれない。解ってはいた。それでも樹里には必要だった。
「じゅりちゃーん」
智代子の声がする。「早くしないと披露宴、始まっちゃうよ」声に振り返り、努めて明るく答える。
「ああ、悪ぃ、今行く!」
傍らのジャケットに手を伸ばす。夏葉に相談して仕立ててもらった、高級スーツ。
彼女たちはきっと、実家から送られた白無垢を着ているだろう。揃いだろうか。あるいは、赤無垢や黒無垢と合わせるだろうか。
今にして思えば、出席するにあたってスーツを選んだのは、断ち切れぬものを抱え込んだ自らの、意気地の無さを示していたのかもしれない。それを今の今まで自覚できない。自分はそういう人間なのだと、改めて突き付けられる。
ずっと、ずっと解っていたのに。最初から、ずっと。
願わくば、彼女たちの歩む道が末永きことを。その幸に自らの関りあらぬことを。
長い、長い失恋の終わり。