「そういえばさ」
 朝食のトーストを齧りながら向かいに座る少女に言葉を投げる。少女は味噌汁にそれはそれは優雅に口をつける。そのあと一口啜ってからほう、と息を吐いて、こちらをちらりと見た。
「……樹里さん?」
「うん、なんかごめんな」
 いちいち絵になるものだから邪魔するのも悪い気がして黙ってしまった。今だって小首を傾げる仕草さえひとつの絵画みたいだ。とても口には出せないが。
「凛世、いつも同じメニュー選んでるよなって」
 白米、味噌汁、焼き魚に漬物。それに今日はだし巻き卵かな。お膳の上には見慣れたメニューが並んでいる。細かい品目は違えど、凛世のチョイスはいつもそんな感じだった。
「はい、習慣ですので」
 微笑みとともに凛世が言う。
「習慣ね」
「樹里さんも、いつも洋食ですが」
「ん? あー……」
 アタシの手元には目玉焼きとベーコンののったトーストがひとつにコーヒーというシンプルな組み合わせ。確かにアタシも基本的には毎朝これだ。
「それこそ習慣、かな」
「習慣、ですか」
「そうそう、習慣。部活やってた頃の名残でさ。朝忙しいのなんのって」
「ふふ、なるほど」
 それからアタシらが食べるタイミングが重なって、少しの間だけ沈黙が流れる。
「……そういえばさ」
 また同じセリフ言ってるなアタシ。
「はい」
 食事も一段落ついたのか、箸を置いてまっすぐこっちを見つめてくる。
「感謝祭の準備のあと、ここで夕飯食べたよな。プロデューサーも呼んでさ」
「クリームシチューにコロッケ……ひと仕事終えたあとに夕餉は大変に美味でした」
「だよな、うん。あれは美味かった……じゃなくて」
「? はい」
「あの時も話したけど……」
 ん、待てよ。
「お互い毎日こんな風に、同じメニュー食べてたらさ」
 アタシもしかして今、
「毎朝相手のこと思い出しそうだな、って」
 すげえ恥ずかしいこと言ってないか?
「………………なるほど」
 ほら、凛世もなんかいつもより間長いし。
「樹里さん、ひとつお願いしてもよろしいでしょうか」
 今凛世なんて言った? お願い?
「え、あ、おう! なんだ⁉」
 とりあえずなんだかよくわかんねーけど今はこの場を切り抜けるのが先だ。怪しまれちゃダメだ。
「トーストをひとくち、いただきたいのです」
 なんでだ。頭の中が無数のハテナマークで埋め尽くされる寸前に身体をギギギと動かす。
「一口でも十口でもどんと来いだ! ……ってそんなに残ってねーけど、ハハ」
 とにかく凛世の方にトーストを差し出す。
「失礼します」
 凛世が一口トーストを齧る。ベーコンも一緒に。いやなんでそんな幸せそうな顔してんだよ。ベーコンそんなに好きだったのかよ知らなかったぞ。
「樹里さん」
 俯いて懊悩するアタシに、凛世がまた声をかける。顔を上げると、いつの間にやら箸でつまんだだし巻卵がアタシに向かって突き出されていた。
「……凛世? これ」
「お返しです」
 そんなまっすぐ見つめられながら言われたらアタシには何もできない。
「あーん」
 なんでだ。正しいけどなんでこの場面で『あーん』が言えるんだ。
「……あーん!」
 もうどうにでもなれ。
「…………美味しい」
「はい」
 確かに美味かった。