「夏休み本番!最新お化け屋敷特集〜!」
後ろのおどろおどろしい背景に似合わない、緊張感のない声に合わせてわーいぱちぱちと言ってはいるものの少しぎこちない灯織さんと後ろの明らかにやばいマネキンに気を取られている樹里さんと私、七草にちかがカメラの前に立っている。
どうしてこんなメンバーで、こんな場所にいるのか。それは二週間くらい前に遡る。
「…はっ⁉え、プロデューサーさん、これ受けたんですか?」
283プロにとあるお仕事が入ってきた。どうやら小さなネット番組のコーナーでお化け屋敷の宣伝をやり、そこで実際に体験した反応を見たいらしい。番組側からは現役学生のアイドルが来てほしいらしく、その中で見事(非常に、心底不服だが)最初に私に白羽の矢が立ったというわけだ。
手元の資料にもちらりと目を通す。リアルに再現された廃学校を舞台にしたお化け屋敷で、よくあるミッション系で途中で一人きりで行動するエリアがあるということくらいだ。学校。これは学生アイドルを呼びたくてたまらないだろう。
「あーそうですか!私がバラエティ出てるからその反応が欲しいんですよね分かりましたー!」
「…すまん」
「謝るんだったら最初からこの話持ってこないでもらっていいですかねー⁉」
とプロデューサーさんに当たり散らかした後、今年、いや金輪際、美琴さんにはこんな仕事回すなという条件付きで渋々OKを出したのであった。
で、今に至る。確かに灯織さんも樹里さんもお化け屋敷での反応は良さそうだし、こういうの断れなさそうだなーと思っていた…のだが、灯織さんは頭の中の彼女よりかなり落ち着いていた。そういえば、美琴さんが灯織さんがお化け役をやったネットドラマを見たとかぽそりと言ったことがあったっけ。自分がやる側を経験するとわかるものもあるのだろうか。
より臨場感を出す為に懐中電灯の役割を出すのは入り口で渡されるスマホのライト、ミッションで使用するアイテムもこのアプリの中に入っているらしい。
「これ、アタシちゃんと操作できっかな…」
「えっ それほんき…んん、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思います。基本的には画面に出てくるボタンをタッチすればなんとかなる、はずです」
そんな感じで一通りリアクションをとったところでいざ、と三人で中に入った。
リアルだリアルだと銘打っているから少しだけ中身に身構えはしたものの、人間、自分より怖がっている人を見ると想像以上に冷静になれるものである。
灯織さんは最初は落ち着いてたがずっとめっちゃなんか喋ってるし、樹里さんは隙間風で自分のスカートが揺れるだけでめっちゃ大声出すし。私は真ん中でお手本のようにぎゃあぎゃあ騒いでいる二人に挟まれて道を外れないように移動しているだけで今ここにいる事実に何百回目の後悔をした。うわ。リアクション役、いらないじゃん。
二人の反応の方が印象が強いせいであまり中身を覚えていないが、途中で入った暗い教室のエリアで左腕をぐい、と捕まれたのは覚えている。力が強かったので少し捻ったようでじくじくと痛むが、誰が掴んだのか分からないし、痛いと言ったら二人はさらに焦りそうでさすがに可哀想なので、黙っておくことにした。
そうこうしているうちに目玉であり問題の一人きりで進むエリアに到着した。
「では、また後ほど…」
「お、おー…」
「はいー…」
さすがに二人も反応に疲れたのか、なんとも微妙な言葉を交わしながら、一人ずつ通路に入っていった。
一人になった。自分の進んだエリアは長い廊下らしい。窓の外はそれらしく見事に真っ赤である。
「さっきの暗いところよりかはマシですかねー…」
そう一人呟き、歩いていく。一人で静かな道を歩くと、永遠に道が終わらないような感覚に襲われる。あ、ここら意外と怖くないかも。ラッキー。しかもこんな感覚、小学生の冬の帰り道以来かもしれな――
「にち「ちk「iか」かち「にt」ゃん」」
「…ッ」
急にたくさんの、私の名前を呼ぶ声。明らかに美琴さんの声もある絶対あるプロデューサー契約違反じゃん帰ったら本気でパンチでは済まない。でも、こんな、こんな大掛かりなドッキリやる?普通。
だとしても、引っかかりたくない。こんな分かりやすいものに引っかかってやるもんか。
「行こ」
この凝り方からして振り向いたらお化けか何かがいるパターンかもしれないが、本日撮り高ゼロどころかマイナスの私にはそんなもの知ったことではない。さっさと合流しよう、と真っ赤な廊下を進んだ。
*****
ここで皆さんには少しだけネタバレを。実はこの企画、ただのお化け屋敷体験だけではなく、ちょっとしたドッキリ企画も兼ねていたのです。
お化け屋敷で全員一人きりになるというのは半分嘘で、実際一人になるのは"一人"だけでいいのだ。つまり、私、風野灯織は少し別ルートを通ったんです。…お化け役が通る通路に。
色々メイクしていただいて久々のお化け役になって準備完了。にちかさんや樹里さんにはかなり申し訳ないですが、驚いてくれるといいな。
*****
「ふふふっ…!」
廊下の曲がり角で樹里さんと合流できたと思ったのも束の間、別の方向から明らかに灯織さんの顔をしたお化けが不気味に笑い足を引き摺りながら迫真の演技でこっちに向かってくる。その後ろに大量のグロいメイクのお化け役の皆さんを引き連れて。
「まだあるの!⁉⁉」
「と、とにかく逃げるぞ!」
ちょ、樹里さんめっちゃ足速スタートダッシュすごくない⁉手首がただでさえ痛いのにいやもう何も考えなくていいか(あそこまでやったら後は出るだけだろうし!)と右腕を引っ張られるまま出口まで一直線に駆け抜ける。そんなに走らないうちに奥から光が漏れた黒い布が見えてきた。ばさ、とあっけなくその暗闇は終わりを迎えた。
「「ご、ゴーール…」」
「はーい二人ともお疲れ様ー!」
出口の外ではそんな司会の呑気な声と、血糊がべっとり付いた顔で本当に申し訳なさそうに『ドッキリ大成功!』という看板を持つ灯織さんが立っていた。
*****
で、その後は建築的にダメなところがあったとかでそのお化け屋敷はオープンすらしなかったらしくて、あの番組も没ですよ!ボツ!ほんと行き損!美琴さんと自主練してた方が百億倍価値あるし時間も喜びますよ!本当に忘れたい!
……すみません、レッスン前に私ばっかり喋っちゃって。私があの仕事受けなければ、美琴さんもあんなの収録しなくてもよかったのに…。
「? なんの話?」
「えっ!美琴さんまでいいですからね⁉そういう嘘の話合わせる、みたいなやつ!」
「ううん、本当な――」
「どうしました?…美琴さん?」
「手首。すごく腫れてるけど。平気?」
「えっ」
美琴さんの瞳の先にある自分の左腕に目をやる。こんな嘘みたいな話に唯一現実味を持たせるこの手首の痛みはそれだけで、跡が残るほど腫れてはいなかったはずだ。
…はずなのに。
「…嘘」
そこには、「忘れるな」と言わんばかりの、手に捕まれたような痣が、浮かんでいた。