西城さんさ、笑顔増えたよね。
 教室での昼休み、唐突に投げ掛けられたその言葉に、アタシは何だよそれとおどけて見せた。クラスメイトはだって、とっつきにくかったよねと笑った。ブリーチしてるしって。
「そんなにだったか?」
 特につっけんどんな態度を取った覚えはなかった。
「私ちょっとビビってた」
「あ、不良だ!って思ったもん」
「今時不良はないよお」
 クラスメイトたちが笑い合うのに、アタシも釣られて笑ってしまった。
 転校してきた頃って、それはつまり活動を始めた最初の頃で、アタシは自分のこれからと想像もできない可能性という奴に半信半疑で、余裕が無かったんだと思う。部活の代わりに放課後のレッスンもあったから、こうして昼間を除けば、クラスメイトたちと話すタイミングさえ無かったし。
 それにアタシは、かつて、一度それを壊した。
 だけど壊れてしまったものは、アタシがその場を逃げ出しても元には戻らない。それを視界の隅においやっても破片は散らばったままで、殴りつけてしまったアタシの手には、血と傷痕が混じり合っている。
 握手をするたび、誰かに触れるたび、アタシの手は痛む。血は痛みの記憶と共にそこへ赤い痕を残し、それは増えることがあっても消えることはない。
「ねねっ、今度誕生日パーティしよ」
「良いじゃん。去年は誕生日も祝えなかったもんね」
 聞き慣れない言葉が飛び出て、アタシはきょとんと首を傾げる。
「あれ? アタシ誕生日言ったっけ」
 そんなアタシに彼女たちは、まじまじと目をしばたかせ、一息置いてからけらけらと笑った。
「何言ってんの。プロダクションにでかでかとプロフィール出てるよお」
 その言葉に湧き上がった恥ずかしさは、どういった類のものだったろう。アタシは唇を結んで、右手で目元を覆い隠した。照れてる、照れてない――一往復の応酬をして、アタシは目を逸らしてそっと告げる。
「誕生日はさ……」
 ユニットや寮のみんなが祝ってくれる。だから――
「寮でパーティやるらしいんだけど、よかったら来てくれるか?」
 ――やらなくて、いいよ。
 心によぎった言葉を咄嗟に入れ替えて、笑った。彼女たちは口々に驚き、ひとりは悲鳴みたいな声まで上げている。なんだよ、当日咲耶が暇とも限らねーぞ。アタシはからかって、ポケットに両手を突っ込む。それからゆっくり、握りしめた手のひらをほどいていった。
 アタシは触れていく。
 そうしていつか、痛みに慣れるその日まで。
 痛み。赤い痕がまた残される。