ふわり、ふわりと二回、柔らかくて暖かい感触をどこかに感じて、私は。
真綿で包まれるようなぼんやりとした夢に沈み込んでいた意識が、急速に浮上していく感覚。あんなにも重たかった瞼が、力を入れずともゆっくりと開いていった……と思えば、寝起きで潤んだ視界の向こう、おひさまの色とおほしさまの色が、私を覗き込んでいるのが目にはいって──
「灯織、おはよう!」
「灯織ちゃん、おはようっ!」
「…………おはよう、真乃、めぐる」
私を迎える明るい声に、あぁ今日も起きられたんだって、微笑みと共にほっとひとつ、安堵の息を零したのだった
朝からなんだか体が重い気がする……と思いながらも、測った熱は平熱だったし、昨夜の就寝時間だっていつもどおり。多分、気のせいかな、と思いながら、いつもどおりに学校に行って放課後はレッスンに向かって、真乃とめぐると新曲のダンスの合わせをしていたその真っ最中。何の前触れもなく、突然くらりと傾いだ視界に、まずい、と思った次の瞬間には、遠くに聞こえる誰かの悲鳴とともに、意識は完全にシャットアウトされてしまったのだった。
ぼんやりと重い頭を抱えながら、目を覚ましたのは見慣れない病室。
意識を失っている間に搬送されたというその病院で、真剣な表情のお医者様が教えてくれたことには……私は、珍しい病を発症してしまったのだという。睡眠障害を発症するというその病気は、珍しいとはいえ直接的に命に係わるわけではないし、おおよそ一週間ほどで自然治癒する病気だからあまり心配しなくてもいいとはいうものの。なんでも、一度睡眠にはいると起床するのが難しくなる病、なのだという。自力で起床するのはほぼほぼ不可能で、意識を覚醒させるためには自分以外の他者による経口粘膜接触が必要なのだという話に……今度は病気ではなく頭をくらりと傾げてしまったのも、仕方がない事だと思う。
……つまりは、『キスをしてもらわないと目覚められない病気』に、罹患してしまったらしいのです。
一応、薬を使って(今のこの【目覚め】も、とりあえず薬を使ってもらったらしいので)の覚醒もできるそうなのだけど、まだ未成年の子供である私の身体には少々強い薬らしく、副作用の可能性もあるので処方はあまり勧められないとのことで。病状が治癒する(どうやら、自然治癒以外の治療方法もないらしいので……)までおおよそ平均一週間、ご家族などに頼めるなら極力そうした方がいい……と、一度考えるようにとは言われたものの、仕事が忙しい時期である両親はしばらく留守だし、やっぱり処方してもらった方がいいんじゃないかな……と、慣れない病気に落ち込みながら頭を巡らせていた私に、「任せて!」と言ってくれたのはやっぱり、めぐると真乃だった。
「今日でもう、一週間かぁ」
「灯織ちゃん、キス……してから目が覚めるまでの時間も最初より短くなってるから、明日にはもう自分で起きられるかもね」
「うん、ふたりとも、一週間も家に泊まり込みまでしてくれて……今日まで本当にありがとう」
真乃とめぐるが傍にいてくれたから、「もう目覚められないかも」なんて恐怖に怯えることもなく夢に落ちていくことができた。
そんな朝も、今日で七日目。お医者様も、大体一週間で自然治癒するとおっしゃっていたし、真乃のいう通り、私の目覚めも大分早くなっている。もうふたりの手助けがなくても大丈夫かもしれないと思うと、迷惑を掛けなくてよくなることへの安堵……の陰に、ちょっぴり潜むこの感情は……
「……でも」
起きようと、ぐっと身体を伸ばす私の隣で、不意に、ため息のようなめぐるの声が零された。どうしたの?と覗き込めば、慌ててなんでもないよと手をふるうけど……じっと目詰めると、ちょっとばつが悪そうに続けてくれた、めぐるの言葉は。
「キス、しなくてもよくなっちゃうの、ちょっと寂しいなって……」
「あ……ふふっ、うん、私も……」
顔を見合わせながら、恥ずかしそうにえへへと笑いあう、真乃とめぐる。
そんな姿を見て私は──
「あ、あの、ね……」
この一週間、毎朝真乃とめぐるに触れてもらっていた唇を、そっと指でなぞる……
真乃も、めぐるも、目覚めた私を少し赤らんだ幸せそうな笑顔で受け止めてくれていた。でも……私は、いつもその『幸せ』を迎えるのは夢の中。ふたりの笑顔があまりにも幸せそうだから、微かに感触は残っているけれど、記憶にないのが寂しいな、と思ってしまったのは、一体何日目のことだっただろう。
だから──
「今度はちゃんと、意識があるうちにキス、したいなって、思うんだけど……ふたりとも、どう……?」