今日は朝から散々だった。かけたはずの目覚まし時計は鳴らないまま。朝の支度と登校中に見た占いはどれを見ても最下位とかばかり。靴紐は登校だけで三回も解けるし、お財布は昨日食品の買い出しで使い切っていたのを忘れて百円玉が一枚に十円玉が三枚。それでもまだ購買のパンなら……っていう最後の希望も、私が購買の気のよさそうなおばさんのもとにたどり着いたときにはなくなってた。
「お腹すいたなぁ……」
結局、何も食べないまま帰りは事務所に直行。今日は今度のお仕事の資料をもらうだけで、早く帰れそうなのがよかった。
「なになに? 灯織、お腹すいてるのー?」
「きゃ! めぐる⁉」
「へへー、いっつも急に抱き着かないで―っていうから、今日はこっそり静かに後ろをついてきてみました!」
「もう、びっくりさせてたら同じじゃない……」
えへへ、ごめん。なんて、軽い調子で謝るめぐるの方を向きながら胸をなでおろす。この調子じゃ、今度は肩を叩かれて顔を向けたら人差し指が待ってるかもしれない。
「でもでも、灯織、気がつくかなーって思ってたのにぜんぜん気が付かないんだもん! やっぱり、お腹すいてたせい?」
「う……お腹すいてるって何回も言わないで、ちょっと恥ずかしい」
「お昼、食べれなかったの?」
さっきまでの明るい調子から売って変わって今度は本当に心配そうに聞いてくるめぐる。
「うん、朝も食べれてなくて……」
「ええ! じゃあ今日なんにも食べてないの⁉」
「色々あって。お水だけは学校で飲めたんだけど」
そんな!ともう一回大げさに驚くめぐる。けれど、そのテンションに(いつもあまりついて行けずに振り回されるけれど)合わせられる元気も残ってない。
「そっかぁ……それじゃあ、キッチンを使わせてもらったらいいんじゃない?」
「あっ……」
283プロの事務所には、広めのキッチンがあるんだった。私たちも、たこ焼きをするときに使わせてもらったりしてたけど……
「でも、食材とか何も用意してないし……」
「みんな、結構自由に使ってるみたいだよ?これはとっといてー!ってやつは名前書いてあるし」
「めぐる、詳しいね」
私はつい気が引けちゃって、あんまりあの冷蔵庫は触れてない。
「たまに、名前の書いてないお菓子を置いておくと、妖精さんがきてグレードアップしてくれたりするんだって!」
「それは……そうなの……?」
誰かが間違って食べちゃったとかなんじゃ……
「ほらほら! まずは冷蔵庫見てみよ!」
めぐるに背中を押されるようにして、キッチンに入る。
「えっと食材は……卵に、ほうれん草に、玉ねぎ、納豆、缶詰……なんでこんなに充実してるんだろう……?」
「うーん、みんな意外とここで料理してるのかも?」
何人か思いつくとはいえ、ここは事務所のはずなんだけど……
「あれ? めぐるちゃん、灯織ちゃん、なにしてるの?」
部屋のほうから真乃が不思議そうな顔をひょっこり覗かせる。
「真乃! これからね、灯織のご飯作ろーって話になってね! 灯織、おなかペコペコなんだって!」
「灯織ちゃん、おなかペコペコなの……?」
「ちょっめぐる! ……うう、二人しておなかペコペコって……」
お腹がすいてるのは本当だけど……
「えっと、でも、もうすぐプロデューサーさんとお話の時間になっちゃうんじゃないかな……?」
「「あ」」
そういえば、そのために来たんだった……もう、本当に今日は頭が回ってない。
「ごめん真乃、もしかして待たせちゃった?」
「ううん、二人の荷物があったのに見えなかったから、こっちかなって思って。プロデューサーさんはまだ来てないよ」
「うーん、それじゃあ、いったんお預けだねー。灯織、我慢できる?」
「もうここまできたら同じな気がする……」
「じゃあじゃあ、終わったら三人で料理しない?」
「それじゃ、二人はお夕飯の時間になっちゃうんじゃ……」
「それもそっかぁ。じゃあ、お夕飯ってことで! 真乃もどう?」
「ほわ……お母さんに聞いてみるけど、たぶん大丈夫だと思うな」
「やった! じゃあ決まり! よーし、じゃあ打ち合わせ、灯織のためにもがんばって早く終わらせちゃおー!」
「そうだね、三人でお料理するの、すっごく楽しみ」
そう言いながら、部屋のほうに戻ってく二人を見てると、散々だった今日も少しだけよかった気がしてくる。
だから。
くるるるるるるる……と主張を続けるお腹には、もうちょっとだけ我慢しててもらおう。