2022/8/12 00:25まのひおチェイン
『それじゃあ明日、十時に新宿駅集合で』
『うん。よろしくお願いします』
 メッセージと、敬礼するインコさんのスタンプを送信します。数秒も経たず……というより、送った直後に既読の表示が付きました。
 明日のお出かけについて、イルミネのチェインでやり取りしている最中。既読の数は二になってはいるものの、(もう二十二時を回ったせいか)めぐるちゃんからのお返事は少し前からぱったりと来なくなっていて、灯織ちゃんともそろそろお話しを終えそうな雰囲気になってきていました。
 時間もほどほどに遅く、いつもならそろそろおやすみのスタンプを押してスマートフォンを枕元へ置く頃合なのですけれど……今日は、まだ眠たくなかったものですから。もうちょっとお話していたいなぁってよくばりな気持ちと、ちょっとした悪戯心が顔を覗かせます。
「……。えいっ」
 だから、もうちょっとだけ。
 灯織ちゃんがおやすみのスタンプを押す、その前に。『好きです』って四文字を送信してみました。もちろん今回もすぐに既読がつきます。
「灯織ちゃん、なんて返してくれるのかな……?」
 ……けれど。それから五分くらい経っても、お返事が一向に帰ってきません。灯織ちゃんが既読スルーするなんて珍しいなぁなんてわざとらしく心の中で呟きます。なんて、理由はなんとなく分かるのですけれども。
 画面の向こうの灯織ちゃんを想像します。きっとすごくびっくりして、けれど一生懸命に文面を考えてくれているんだろうな。そんな想像をするだけで、返信がない時間すらも愛おしく感じられるのでした。
 そうしたら、やっぱりもうちょっとだけ。
 灯織ちゃんがお返事をくれるより先に、『灯織ちゃんからも聞きたいな』って続きの言葉を送ります。これもやっぱりすぐに既読がついて、灯織ちゃんがずっとこの画面とにらめっこしてくれているんだと思うとどうしようもなく嬉しくなってしまいます。
 あまり褒められた行いではないと理解はしているのですけれど、私の行動ひとつひとつにに反応を返してくれる灯織ちゃんを見ていると、つい悪戯をしてしまいたくなってしまうのです。
 でも、困らせてばかりじゃいけないからそろそろごめんなさいをして明日の準備をしないと。そう思いメッセージを送ろうとしたその時、突然スマートフォンが振動しました。
「ほわっ、お電話……?」
 びっくりして落としてしまいそうになりながらも画面を見れば、灯織ちゃんのアイコンと、受話器のマークが表示されています。
 こんな時間に電話をかけてくれるなんて珍しいなぁって思いながらも取ってみれば、通話口から小さく息をのむような音が聞こえました。。
『……真乃』
「どうしたの、灯織ちゃんっ」
 スピーカーの向こうから響いてくるのは、いつもよりへにゃりとした灯織ちゃんの声。たくさん考え込んでくれたんだなぁって思うとますます頬が緩んでしまいそうになります。
 溜め息が聞こえたからごめんねって謝ろうとしたのですけれど。私が声を出すより先に、灯織ちゃんの声がして。
『……私も好きだよ』
 って。そう聞こえたのでした。
「……、えっ」
『ごめん、それだけ! 明日も早いよね、お休み!』
「え、灯織ちゃん? 待って、もうちょっと──」
 つー、つー、つー。慌てて引き留めようとしたけれど、無機質な機械音が耳元で鳴り始めてしまいました。慌てて見た画面にはやっぱり通話終了の文字が表示されています。
 ……けれど。一拍おいて、やっと理解した体がぶわっと熱くなりました。
「~~~っ……」
 不意打ちにどきどきと胸が高鳴って仕方ありません。
 画面には十二秒の通話履歴しか写されていないけれど、受話器のマークを見れば思い出してまたほっぺたが熱くなってしまいます。
 眠る前のちょっとした悪戯のはずが、とんでもないカウンターを食らってしまったような。スマートフォンが視界に入るたびに灯織ちゃんの声がリフレインしてしまって、しばらく眠れそうにありませんでした。
 真乃は案外、悪戯好きだったりする。
 何の脈絡もなく突然放り込まれたその四文字。咀嚼するのに丸三分掛かってしまった。
 めぐる程じゃないにせよ好意は隠さない真乃だけれど、ここ最近は手に余る。嬉しいか嬉しくないかで言えばもちろん嬉しくはあるものだけれど……最近はこちらの反応を伺うような、悪戯をしている節があるから困りものだった。
 それにしても、どう返信したものか。もちろん私も真乃のことは好きだけれど、そのまま『私も好き』だなんて送るのは恥ずかしいし、『知ってる』だと冷たい印象を与えてしまいそうだ。めぐるがまだ起きていたのなら先に反応してくれていただろうに、なんて思わずにはいられない。
 どんな文面がいいのか……と悩んでいるうちに、またも通知音が部屋に響く。
『灯織ちゃんからも聞きたいな』
 あぁもう、わざとやってるな。
 こうなったら私もやり返すしかない。ヒントを得ようと履歴を遡れば、通話のアイコンが目に留まった。よし、これなら形に残さず真乃に反撃できるかもしれない。そう思い立ちさっそく通話のマークを押す。
「……真乃」
『どうしたの、灯織ちゃんっ』
 ほら、弾んだ声。やっぱりで私で遊んでいる。真乃がその気ならこっちだってやられてばかりではいられない。静かに息を整え、声を発する。
「私も好きだよ」
『えっ』
 あ、やっぱり駄目かもしれない。
 声に出した瞬間体温が三度くらい上がったような感覚に襲われる。たまらなくなってスマートフォンを耳から離し通話終了のボタンを探す。
「ごめん、それだけ! 明日も早いよね、お休み!」
『え、灯織ちゃ──』
 言葉をさえぎって通話を切る。画面にはトーク履歴と、アイコンのピーちゃんだけが表示されていた。
「……やっちゃった」
 顔から火が出そうだった。
 思いついた時は名案だと思ったけれど、実際やるとなるととんでもなく恥ずかしいことだった。しかもそれに気が付くのが遅かったからどうしようもない。
 今のを聞いた真乃は、そして起きてトーク履歴を見ためぐるはどう思うだろう。
 あぁ、もう。どんな顔をして明日ふたりと会えばいいんだ。自業自得ではあるけれど頭を抱えずはいられない。誤魔化したくて毛布を頭から被ったものの、眠気なんて当然あるはずもなかった。