「あ、待って、めぐる。ネクタイ、曲がっちゃってる」
もうすぐ番組本番。呼び止められて振り返ると、灯織が手を伸ばしてわたしの結んだネクタイに触れた。
今日の衣装はネクタイを結ばなきゃいけなかったんだけど……わたしや真乃は結び慣れていないから、灯織が手際よく結ぶ様子に感心してしまった。拍手を送っていたら、灯織は恥ずかしそうにしながら結び方を教えてくれたのだ。
教えてもらったとおりに結んだつもりだったんだけどな。うーん、結ぶのに必死で見栄えまで見れていなかったかも。
「じっとしてて」
鼻先で灯織の声。細い指先がわたしのネクタイをするするとたぐる。息のかかる距離。長いまつ毛がうつむいて、わたしの胸元にじっと注ぐ。黒髪がひとふさ、灯織のほっぺにするりと流れ落ちた。
「灯織」
名を呼ぶ間も、灯織の指先はきびきび動いている。
「とっても、きれい」
「へっ⁉」
「うむぅっ⁉」
ネクタイがキュッと締まって、息苦しさに変な声が出ちゃった。
「あ、ご、ごめん! 大丈夫⁉」
「う、うん……」
慌てて灯織がネクタイをゆるめてくれて、わたしの首はすぐに解放された。灯織はホッとした表情をしたあと、少し眉と眉を寄せて言った。
「もう、めぐるが変なこと言うから……」
「変じゃないよ! ネクタイを締める灯織、真剣でホントにきれいだったんだよー? 見せてあげたいくらい!」
「も、もう、わかったから! そういうこと、あんまり誰にでも言わないこと!」
わたしが力説するのを灯織がさえぎってくる。むむ。もっと褒められたのにっ。……それに、
「それよりほら、早く行こう。真乃が待ってる」
「──うん!」
先を行く灯織の後ろで、きれいに整ったネクタイを指先でなぞる。
誰にでもなんて、言わないよ?
めぐるに先んじて真乃の元に歩きながら、私は火照った顔を冷ますのに必死だった。
——綺麗、なんて。
そんなの。
ブラウスの奥に覗く白い肌。
胸元をたゆたう金の糸。
金色の睫毛に縁取られた空色の瞳。
そのすべてが、あと一歩で触れる場所にあって。
私は気取られぬように息を吐く。綺麗、なんて簡単に言ってくれるものだ。
「……人の気も知らずに」