夏の日差しが目を灼いて、伝う汗が手の甲に落ちて。それでも足を止められないのは、止まれば前を走る背中を逃してしまいそうだったから。
 実際はそんなことはなく、すぐに気が付いて止まってくれるか、もしかしたら引き返してくれるだろうと、知ってはいたけど。
「はぁっ……はぁっ……」
 乱れる息を飲み込んで、灯織は立ち漕ぎで自転車のペダルを踏み付ける。スピードを出せば風が体を撫でて、少しは暑さもマシに思えた。
 朝から入っていためぐるとの撮影が、バラシになって予定ごと消えたのが数時間前。サイクリングに行こう、そんな誘いに乗ったのはつい一時間前だ。そして二人で連れ立って、こうして坂だらけの街を走り始めてから、かれこれ三十分以上。こうなるとサイクリングというより、自転車を使ったマラソンのようだが。
 不意にめぐるがスピードを落とした。するりと黄色の自転車が灯織と並ぶ。何かあったかと覗けば、金髪を張り付かせた笑顔がそこにあった。
「えへへー……もう少しで着くよ!」
「着くって……どこに?」
「それはね!」
 めぐるがペダルを踏み込む。自転車はまた、隣から遠ざかっていく。その速度から零れ落ちるように、めぐるの声が耳に届いた。
「着いてのお楽しみっ!」
 お楽しみ、か。
 心の中で繰り返してから、灯織もペダルを強く踏む。ほんの短いやり取りだったが、それで十分だった。
 ──めぐるが見せたい景色があるのなら。
 ──それはきっと、自分の見るべき景色だから。
 風を切って街を巡る。家と家、人と人、木々を縫って二人は走る。坂はいよいよ急勾配で、ペダルが重くてたまらない。
 それでも、金色を追って。
 少しでも、青色を添わせて。
 進んだ先に、見えた景色は。
「──……ね、綺麗でしょ?」
 視界いっぱいの青空と。
 眼下に広がる街並みと。
 誇らしげな、太陽の笑顔。
「私たちの街──」
「……うん」
 綺麗だと思った。
 それは、街だけじゃなかったけれど。