「…あ、雨だ」
レッスン室の窓が、水滴で濡れていた。
今日の天気予報では降水確率が80%だと言っていたのもあり、今日の事務所には傘立てにぎゅうぎゅうと傘が集まっている。この事務所は今では25人となってかなり大所帯になったのだから、傘立ても変えればいいのに!とプロデューサーさんにクレームを入れたのはつい最近のことである。しかし、まだそれは反映されていないらしい。
もっと言うと、私たちはこれから打ち合わせのため外に出ないといけないのだ。車に乗るまでもう少し降るのを我慢してくれたらよかったのに、と心の中で空に向かって苦情を言う。雨のばかやろーだ。
そんなことを言っても空はちっぽけな人間のことなんか聞き入れてくれやしないので、まずは隣の美琴さんに声をかけることにした。
「そろそろ打ち合わせの時間ですね!行きましょうか、美琴さん」
「…。」
「美琴さん?」
美琴さんが、窓を見たまま固まっている。これは勘だが、なんか…嫌な予感がする。
「…ごめんね。今日、傘・・・忘れたかも。」
「えっ」
「でも、またコンビニでー」
と、言いかけたところでまた美琴さんの言葉が止まる。
「そうだ。また教えてくれる?傘が安いところ」
「は、」
もしかして、この前夜にコンビニで色々買おうとしていたところを全力で引き留めたことを覚えてくれていたのだろうか、と思うと少し嬉しくなった。
が、ふと思った。この人はまたビニール傘を買おうとしているのだろうか?
「あのー、美琴さん、すみません。こんなこと、あんまり聞きたくないんですけど…!」
「? うん」
「今、家に傘、何本あります?」
「…五本、くらい」
「全部ビニール傘です?」
「うん…。」
だんだん眉が下がっていく美琴さんへの罪悪感と発狂しかかってる自分の金銭感覚で脳内の天秤がぐらぐらと揺れている。
「ビニール傘って安いのだとすぐ破れるかもですし、そんなにあったら玄関が傘だらけになっちゃいます!だ、だから…」
「うん」
「今度!一緒に買いに行きましょ、美琴さんに合う傘!絶対、絶対にあると思うので!」
言えた、言ってしまった。でもここまで聞いて耐えられたかと言えば嘘になる。美琴さんのお部屋が傘まみれになるのは嫌だったし、何より、コンビニのビニール傘なんてものより相応しいお洒落な傘を持っている美琴さんが、見たかったから。
そんなわがままなお誘いを聞くと、じゃあ、お願いしようかな、なんて美琴さんは笑ったのだった。
後日、打ち合わせの内容でもあったロケの帰りに傘の専門店に足を運び、丈夫そう、と美琴さんが選んだ緋色の傘がとんでもない額で悲鳴をあげる七草にちかが観測されたらしいのだが、それはまた別の話である。