「果穂のランドセル、綺麗だよね」
不意に智代子に言われて、果穂は首をかしげた。
「色ですか?」
「色もだけど……」
果穂のランドセルは鮮やかな黄色だ。智代子は話ながらランドセルに手で触れる。すべすべとなめらかな質感で、蛍光灯の光をぼんやりと反射して輝いていた。
「私が使っていたランドセル、六年生の頃には結構ボロボロだったから」
だから、果穂のランドセルは綺麗だなあって思ったんだよ。
そう言って智代子は笑い、ランドセルから手を離した。果穂はなるほどと頷いて、少し恥ずかしそうに先ほどまで智代子が触れていたランドセルを撫でた。
「実はこのランドセル、六年使ってないんです」
「え?」
「前のランドセルは、その……遊んでたら、こわしちゃって」
小さな声で呟いて、果穂はもじもじとランドセルを抱き締めた。
「男の子みたいではずかしいんですけど……」
たしかにランドセルを壊す女の子は少ないかもしれない。恥じらう姿とのギャップに智代子はついくすりと笑ってしまった。果穂は壊したことを笑われたと思ったのだろう、うぅと唸ってランドセルに顔を埋めた。
「あはは、ごめんごめん。大丈夫だよ。うちの弟もね、遊びに行く時とかよく放り出すから、肩のところがちぎれちゃって。しかももうすぐ卒業って言うタイミングだったから新しいのも今更買えないしってずっと遠足用のリュックで通学してて……」
顔を見せてくれなくなった果穂をフォローしようと、身内の話をして元気づけ──た、つもりなのだが、果穂の顔はランドセルに埋もれたままだった。弟の話を選択したのは失敗だったか。男の子みたいで恥ずかしいと言っていたのだし、ここは自分のエピソードから何か話せるものは──と考えをめぐらせていると、
「せっかく、きれいって言ってくれたのに、……ごめんなさい」
果穂が謝る理由はないのだけれど。果穂には智代子を騙したように思えたのかもしれない。
智代子は果穂の頭を撫でた。普段は少し思い切って手を伸ばさなければ届かない果穂の頭も、この体勢ならば撫でやすい。
「果穂のランドセルは綺麗だよ」
二代目のランドセルはぴかぴか光って、太陽みたいに輝いている。きっともう壊さないように、大事に使っているのだろう。
「笑った果穂と、同じくらい」
果穂はまた唸って、結局顔を上げてくれなかった。