「――それで、このままどこへ墜ちていくつもりだい?」
「さあ?」
「……随分と無計画だね」
「ということで███がご要望を聞いてあげようー、どういうとこがいいー?」
「……そうだな、とりあえずは横に広くて、それからとびきり何もないところから始めようか」
「了解~♪ っていっても落ちてるだけだから███には何もコントロールできないけどね」
「そうか、もういい」
「……綺麗に何もないな」
「そう、キレイさっぱり何もない。ご期待にお応えできたかな?」
「まあ、悪くないよ」
 随分と擦り傷のついてしまった服の埃を払って、地平線を見渡す。まるで白亜のように平らで何もなく、風が吹けば僅かに砂埃が舞い上がる。白砂の砂漠だ。
「それで、ここから先はどうするの?」
 ██は足元の砂を摘まみ上げながら██に訊いた。██はそれをなんとなく砂を目で追って、それから堕ちながら考えたことを伝える。
「そうだな、まずはニンゲンを待つよ」
「へえ?」
「あれは産み、殖え、そしてこの地にさえ満ちるだろう。█クも仮にも元天使だ。その手伝いをしてあげようと思ってね」
 ぼうっとボクの顔を見つめる瞳に問いかける。
「――それで、キミは?」
「█たし、あたしはー……」
 何も考えていなさそうな眼は、はたして解を導き出した。
「ここじゃないどこかへ行く」
「なるほど?」
「欲望と暴力はセカイを壊して、セカイを回す。あたしはニンゲンを堕落させて、発展させる」
「……なるほど。仮にも元悪魔らしい」
「それで――」
 そこで言葉を区切って、その元悪魔はボクを見た。まるでボクが彼女の言葉の続きを知っているだろうと言わんばかりに。
「――それで、もしニンゲンが繁栄したなら。退屈でない物語に溢れ、混沌と自由に満ち、天を衝く塔がこの地にいくつも建つほどに育ったなら」
「そしたら、キミとあたしで魔界と神界に挨拶に行こう、ね?」
 元悪魔は目を細めて笑う。その様子はまさしく天界で嘯かれていたような、誘惑の瞳だ。ボクはそれを悪くないと思った、という大きな違いはあるが。
「今度こそ跡形もなく消されるだろうね」
「まあ、そんなもんじゃないかな」
「最期まで共にいてくれるんだろう?」
「うん、最期は一緒だよ」
 塔の上で交わした約束は、最期でなくなった今でも続いていたことにどこか安堵する。
 それから元悪魔は思い出したように、また足元の砂をひと掴みした。
「でもあたしたちはもうただのニンゲンと変わらないし、魔界にも神界にも戻れない。魂が永遠にこの地表を彷徨うだけかも」
「それでもいいさ。何度でも生を受けるのなら、ボクたちの魂が擦り切れて消える最後の一瞬にキミと共にあればいい。どうせ、キミは自由でありたいだろう?」
「キミはそうじゃないの?」
「ボクが悪魔と常に一緒だと、ボクまで悪魔と思われる」
「それじゃあどうやって合流しようか」
「ボクとキミなんだから、当然そこで一番高い塔さ」
 笑った。元悪魔も笑った。それでいいんだとボクは思った。
「――それじゃ、またいつかね」
「ああ、またいつかのセカイで逢おう」
 悪魔は去り、何もない地平にボクだけが取り残される。どこまでも続く白い地平は、水面を思い出させるほど静かだた。
 セカイはここにふたたび分けられた。ボクのセカイと、あいつのセカイに。まるで主神がそうしたかのように、ボクたちは分かたれ、そしてまたいつか番う。それはきっと、ボクたちが手に入れた祝福なんだ。
「……ボクは、ボクのしたいようにする」
 声に出せば、あまりにも稚拙で単純。それでもボクはボクとして生を終え、また始まっていくのだと胸に刻み付ける。いつか邂逅するあの元悪魔に笑われないように。
 悪魔の消えた方向と反対に歩き出す。風の音が、クラリオンのファンファーレのように耳の側を吹き抜けた。