「みくは、仕事とプライベートはきっちり分けたい派にゃ!」
 そう彼女が言っていたのを知っているから、多田李衣菜は決して用無く前川みくの部屋を訪れることをしなかった。それは気を使うとか嫌われてしまうとか、そういう好きとか嫌いとかいう単純な感情ではなくて、なんというかそれがわきまえるべき“一線”だと思ったのだ。
 前川みくは“仕事上の相棒”であって“友達”ではない。
 彼女を学校の友人と同じように扱うのは、仕事と私生活を混ぜこぜにするということだ。それはアイドルという“仕事”に対しても、そしてその“仕事”とひたむきに向き合う前川みくという少女に対しても、失礼なのだろう、と。
 ――だから、今こうして前川みくの部屋でハンバーグを作っているのは、風邪で休んだ分の居残りレッスンを終えて遅くに帰って来るであろうみくの健康管理とかそういうサムシングであって全然まったくホント決してみくとご飯を食べたいみたいなプライベートな感情が理由じゃないんだよマジで!
 心の中で誰にしているのか分からない言い訳をしながら、多田李衣菜は今、料理をしていた。
 ハンバーグという料理はやたらと工程が多い。
 いや、楽のしどころはいくらでもある。フードプロセッサを使う、とか。タネをスーパーで買ってくる、とか。
 だが前川みくの家にはフードプロセッサが無かった。それはしょうがない。高校生の一人暮らし、普段は寮の食堂と惣菜で済ませている少女の部屋に、調理器具の充実を求めるほうが間違っている。
 タネをスーパーで買ってくるのも、却下。李衣菜がわざわざみくの部屋で料理をしているのは、彼女の食事が惣菜ばかりにならないよう、という気遣いなのだ。出来合いのタネを使うのでは、惣菜とほとんど変わりがない。
 しょうがない。しょうがないので、李衣菜はまな板の上の玉ねぎをみじん切りにしていた。玉ねぎを切っているせいでツンと鼻の奥が痛むが我慢する。これもロックだ!
 みくは、喜んでくれるだろうか。
 調理の手を止めずに少し考えてみる。ハンバーグが好きだと言っていたからきっと、今度こそ喜んでくれる、と、思う。喜んで、ほしい。いや、仕事上の相棒として、あまりみくを怒らせて支障をきたしたくないだけなのだが。というか別に喜んでほしくて作っているわけじゃなくて作っているのは彼女の健康管理のためなのだがががが。
 それでも心の中にハンバーグを食べて笑うみくの姿を思い浮かべて、李衣菜の包丁を持つ手に力がこもった。
  *
 レッスンを終えて自室に戻ったみくを最初に迎えたのは、香ばしい肉の焼けた香りで。コンロの前に立つ李衣菜と目が合ったみくは、靴を脱ぐのももどかしく彼女に駆け寄った。
「にゃー……良い匂いにゃあ! りーなちゃん、これ……」
「ふっふーん、今度こそ嫌いとは言わせないよっ?」
 そう言ってみくにフライパンの中を見せる。それはキツネ色の焼き目を付け、ころころ丸く膨らんだハンバーグだった。
「わはぁー。美味しそー……」
 思わず感嘆の言葉を漏らしたみくの様子に、李衣菜が嬉しそうに白い歯を見せた。
「手、洗って来なよ。その間に運んじゃうからさ」
「うん!」
 大きく頷き、みくは手洗い場に引っ込んだ。
 ハンドソープを手に取り、少量の水を加えつつ丁寧に泡立てる。指と指の間、爪、掌、手の甲、親指、手首を丹念に洗う。水で泡を洗い流すと、続けてコップに水を入れてガラガラうがい。アイドルは体が資本。風邪を引くわけには、いかない。
「りーなちゃん、おまたせにゃあ……わぁ」
 手洗いとうがいを終え、食卓に着いたみくを迎えたのはハンバーグだけではなかった。熱々のハンバーグの上に、てりてりと黄身を輝かせる半熟の目玉焼きが載っている。テーブルの中央に置かれたサラダボウルには、千切ったレタスと八分の一に切られたトマト。二つ並んだスープカップに入っているのは、クルトンがぷかりと浮いたコーンポタージュだろう。そして、茶碗に盛られた炊きたてのご飯が二人分。
「すごい……全部りーなちゃんが作ったの?」
「いやー、さすがにコーンポタージュは粉末スープだよ。サラダは千切っただけだし……。でも、ハンバーグは自信作」
「充分すごいと思うな」
 呟きながら、みくは李衣菜の向かいに座った。
 すごい。
 これ、全部、みくのために作ってくれたの……?
 狭い食卓にぎゅうと並ぶご馳走を眺めながら、みくは改めて李衣菜の心遣いに驚いていた。嫌いな物を作って来たとは言え、以前はせっかく作ってくれたカレイの煮付けを、食わず嫌いで一切口を付けなかったというのに。そんな相手に、ただの仕事仲間に、これだけの料理を作ってくれるなんて。
 りーなちゃんって、良いヤツ。なんだ、よ、ね。
「さっ、食べよ、食べよ! 眺めててもお腹はいっぱいにならないしね」
「……あっ、うん」
「いただきまーす」
「いただきます、にゃ」
 二人で両手を合わせた後、箸を手に取る。食事の際はサラダから食べるのが良いらしいから、みくは小皿に自分のサラダを取り分けて、
「みくちゃん、ソースかけたげるよ」
「うんー……えっ?」
 見ると李衣菜が手を伸ばしてソース――オタフクソース――を、みくの、目玉焼きが乗った、ハンバーグの上に
「にゃあああ――――――――――――――――⁉」
「ふぇっ⁉」
 寮の室内に、みくの絶叫が響き渡った。
「え、な、何?」
「何って聞きたいのはこっちにゃあ! な・ん・でっ! ハンバーグにソースかけてるにゃあ⁉」
 ビシィッ、と皿を指さす。ハンバーグと目玉焼きには、李衣菜の手によってオタフクソースがかけられていた。見るも無残な姿である。
 対する李衣菜はみくが怒っていることが理解できないという風に、困惑した声音で応えた。
「何でって……目玉焼きにはソースって言ってたじゃん」
「目・玉・焼・き・には、ソースにゃ! だけど、ハンバーグに、ソースはかけないでしょ⁉」
「え、そりゃ……、私はかけないよ、醤油派だし」
 見ると、李衣菜のハンバーグには醤油がかけられている。
「あああああ、何で醤油かけてるにゃ⁉ ハンバーグにはケチャップ以外ありえないにゃ‼」
「べ、別に良いでしょ、目玉焼き上に載せてるんだから、目玉焼き食べるのと同じものかけたって!」
「そんな食べ方するの、りーなちゃんだけにゃあ!」
「普通だって!」
「普通じゃないにゃあ!」
 押し問答からの、睨み合い。結局、こうなるのか。やはり、反りが合わない相手は、反りが合わない。
 だけど、……李衣菜はこの料理を、作ってくれたのだ。みくの、ために。ソースをかけてくれたのも――いらないお世話だけど――みくのためだ。みくは視線を落とし、やや浮かせていた腰を戻して、再び箸を手に取った。
「……良いにゃ、食べるにゃ」
「え」
「せっかく作ってくれたのに……食べなかったら、悪いもん」
「……」
 箸でハンバーグを半分に割る。それと一緒に、ソースのかかった黄身もぷつんと割った。とろとろと流れ出る黄身が、ソースとハンバーグの肉汁と、混ざり合っていく。
 そんなみくに、バツの悪そうな李衣菜の声が投げかけられた。
「……ごめん。目玉焼きにソースかけられて怒ってたのは私なのに、同じことしちゃった」
「……良いってば」
 同じことをしたのは、みくも同じなのだ。
 たかが調味料で、楽しい夕食の雰囲気を台無しにした。
 結局、その日の食卓で、それ以上の会話が交わされることは無かった。
 そしてソースがけハンバーグは――意外にも、普通に、美味しくて。それがどうにも、苦しかった。
  *
 前川みくは仕事とプライベートは分けたい派。だから多田李衣菜が用無くみくの部屋を訪れることはない。
 そして実際、ここしばらくの間、みくの部屋には一度も行っていなかった。――あの、ハンバーグを作りに行った日から、一度も。別に理由があるわけじゃない。理由がないから、行かないのだ。……行けないのだ。
 仕事はいつも通りだった。二人でイベントを回ったりオーディションを受けに行ったり、ユニット曲のレッスンをしたり。それぞれ何を一つこなすにしても、必ず一度は小競り合いをしてはいたが。それも含めて、いつも通りだ。
 プライベートは――変わりようが、ない。元々別に仲が良いわけじゃなかった。あの日たまたまハンバーグを作りに行っただけ。仕事の延長で、一週間寝食を共にしたことがあるだけで。仲が良いわけじゃ、ないのだ。
 李衣菜は知っている。みくは、仕事……言うなれば“オン”の時以外は、猫語を使わない。居候した一週間でも“オフ”の時、例えば寮で共に暮らしている同じアイドルの少女たちと話す場合には、みくは猫語ではなく普通に喋っていた。李衣菜と一緒にいる時のみくは、猫耳を付けないまでも、語尾には必ずにゃあとかにゃんとかくっ付いていた。
 つまり、李衣菜と一緒にいる時のみくは、“オン”、なのだ。
 だから、李衣菜はあれから一度もみくの部屋には行っていない。きっと、行く必要も、ない。仕事仲間の大事な“オフ”を、邪魔するわけにはいかないから。
「りーなちゃん、明日ヒマにゃ? 一緒に買い物行かない?」
 そう、思っていたから、その日の仕事が終わった後、楽屋でみくからそんな誘いを受けたことに李衣菜は心底驚いた。
「へ、え?」
「あ、忙しいなら、良いの。明日二人ともオフだから、どっか行けたらな、って、思っただけなのにゃ」
 良いの、と言いながら言葉に寂しげな色が滲むのを感じて、李衣菜は思わず首を振った。
「いや、別に……ヒマだけど、明日」
「ほんと? じゃあ、りーなちゃん、一緒に出かけるにゃ」
「う、うん。良いよ?」
 了承するが戸惑いは消えない。みくの言うとおり明日は二人とも“オフ”だ。“オフ”だから、自分がいては、邪魔、なの、では?
 そんな李衣菜を置いて、みくはわぁいと歓声を上げて鞄を掴んでさっさと帰り支度を始めてしまう。
「えっとぉ、じゃあ、十二時に待ち合わせしよ? 場所はねえ――」
 みくの告げる約束を頷きながら聞きつつ、李衣菜は戸惑いがわずかな緊張へと変わっていくのを感じていた。
  *
 李衣菜が待ち合わせ場所の改札前に着いた時、時刻は十二時を数分過ぎたところだった。まあ誤差程度だろう、と思いつつ周囲を見回すと、単語帳を手に柱にもたれた眼鏡の少女と目が合った。
「りーなちゃん、三分四十三秒遅刻」
 繰っていた単語帳を鞄にしまいつつ、李衣菜を咎めながらゆっくりとこちらに近づいて来る少女は、紛れも無く自分の相棒――みくだった。プライベートなので当然猫耳はなく、服装も仕事の時よりは地味で、そのわりに清楚な可愛らしさを感じさせる少女らしいものだ。
 などとつい観察してしまった自分をごまかすように、李衣菜は反駁した。
「さっ……三分ぐらい誤差でしょ⁉ 良いじゃんそれくらいっ」
「三分じゃなくて三分四十三秒だもん。遅刻は遅刻でしょー?」
「……うぐ」
 細かいことを、とは思うものの、朝にもう十分早く起きられたところを、布団の中の気持ち良さに任せて微睡んでしまったのは李衣菜であり。そのために乗るはずの電車に一本遅れてしまったのであって。咎められると、弱かった。
「……ごめん」
 不承不承謝ると、そんな李衣菜をみくは上目遣いにしばし睨み付け……、一転、華のように笑った。
「にゃははー。なーんて、冗談にゃっ。気にしてないよ。ほら、行こ?」
 そう言ってみくは李衣菜の手を掴んで歩き始めた。急に手を引っ張られて転ばないよう、李衣菜も「うん」と小さく返してそれに合わせて歩き出す。
「りーなちゃん、ご飯は食べてきた?」
「ん……まだだけど」
「みくもまだだから、まずはご飯食べに行くにゃ! 何が食べたい?」
「えー……何だろ……」
 急に言われてもなぁ、と視線を彷徨わせる李衣菜にみくが重ねて言った。
「みくはー、パスタが食べたいなー」
「あ、うん。じゃ、パスタにしよっか」
「そうしよ、しよ。パスタが食べられるお店はー……こっちにゃあ!」
 既に店のあたりはつけて来てあったようだ。
 それなら、わざわざ聞かなければ良いのに。いや、一応李衣菜の希望を尊重しようとしてくれたのか。年下の少女の気遣いが、わずかな言葉を交わすごとに感じられる。李衣菜を引くみくの手は、暖かかった。
  *
 パスタ屋でみくが頼んだのはきのこの和風パスタだった。李衣菜は散々迷ってから半熟卵のカルボナーラに決めた。悩んでいる間「ペペロンチーノの方がロックかも……」などと呟いてドン引きされたのはご愛嬌。
「りーなちゃんはさ」
 料理が運ばれて来るのを待つ間、水を飲みながらみくは口を開いた。
「一緒に遊びに来るの、やだった?」
「へ、え? な、なんで?」
「なんとなく……にゃ」
 そう言って水を一口飲む。
 沈黙。
 喋らなければ。喋らなければ、喋らなければ! 今!
「いっ……嫌じゃ、ないよっ!」
 絞り出した声は思わず大きくなっていて。驚いた顔のみく。驚いた顔の李衣菜。驚いた顔の、ウェイトレス。
「半熟卵のカルボナーラをご注文のお客様……?」
「あ、はい」
 李衣菜は小さく手を挙げ、ウェイトレスに答えた。目の前に半熟卵の載ったカルボナーラが置かれ、ウェイトレスは二人のそばを辞して行った。軽く湯気の立ち上る皿とみくの顔を見比べていると、
「先に食べててにゃ、冷めないうちに」
「あ……そう? じゃあ、お先に……いただきます」
 くるくるとフォークを手元で回してパスタを絡めとって行く。数度回して充分に絡めたと思ったところで、李衣菜はパスタを口に運んだ。美味しい。
 ふと視線を上げると、みくは水の入ったグラスを握って、李衣菜のことをじっと見つめていた。
 目が合った。
 慌てて視線を皿に戻す。――じゃなくて! 李衣菜は下げかけた視線を無理矢理上げた。
「嫌じゃなかった」
「へ?」
「私はみくちゃんと出かけるの、嫌じゃなかったよ。ホントは」
 そのまま言葉を続けるか一瞬だけ迷ってから、
「ホントは、ずっと、出かけたりしたかった。遊んだり、買い物に行ったり、そういうの、したかった。みくちゃんと」
 そう言って、じっとみくを見つめる。みくも李衣菜を見返した。
「……そっか」
「みくちゃんは、嫌じゃ、なかった?」
 重ねて問うと、みくは李衣菜から視線を外した。
「みくは……分かんないの」
「え?」
「りーなちゃんといるのが、嫌なんじゃないんだよ。ただ、分かんないの」
 ゆるゆると首を振りながらそう続けて、水を一口飲む。
「りーなちゃんは友達じゃなくて仕事仲間、にゃあ? だけど、仕事以外の時でも一緒にいるでしょ。今日以外でも、一緒にご飯食べたりとか。それは仕事じゃないとみくは思う、にゃ。今もそう。でも、じゃあ、じゃあ、みくはどんな気持ちで今、りーなちゃんといるのが正解なのかな? りーなちゃんは仕事仲間なのに、今は仕事じゃなくて、プライベートで、みくは、どうするのが正解なの?」
 一気にまくしたててから、はっとしたように、みくは黙った。それから、絞り出したような声で「ごめん」と小さく呟いた。
 李衣菜は驚いていた。みくが李衣菜と一緒にいるのは嫌じゃないらしいことと、李衣菜とどう接すれば良いのか迷っていたらしいということに。
「……えっと、ごめん」
「何でりーなちゃんが謝るの」
「気付かなかったから。みくちゃんが悩んでることに、……そういう風に気遣わせちゃったことに」
 李衣菜はそう言って、フォークを握りしめた。先程一口食べてから、カルボナーラには全然手を付けられていなかった。だが今はそれどころではない。ないはず。この目の前の少女のためにいるべき時、だ。多分。
「私、みくちゃんは私とプライベートで過ごすのは嫌かと思ってた。『仕事とプライベートは分けたい』、って、みくちゃん言ってたじゃん。それでさ、まあ、そういうのもロックだと思ってたし」
「りーなちゃんは何でもロックにゃあ」
「う、うるさいなっ。でさ、みくちゃんは、私といる時は猫語で喋るしさ。ちゃんと“オン”“オフ”切り替えてて、使い分けてて、私といるのは“オン”の時なんだなって……思ってて」
「うん」
「……私はみくちゃんに『正解』はあげられないよ。私の『正解』はみくちゃんとは違うじゃん。目玉焼きにはソースかもしれないし醤油かもしれないし、ハンバーグの上に載ってる時はケチャップかもしれないし。だから何か、全然言えない、役に立つこと全然言えないんだけど、さ……」
 握りしめていた手をゆるめる。フォークがカチャン、と音を立てて皿にぶつかった。
「みくちゃんはみくちゃんの気持ちのままで良いんじゃないかって、思うんだ。仕事仲間だからずっと猫語で、プライベートは全然付き合わないんでも良いじゃん。お互い尊重するのがロックだよ。私は、――みくちゃんのことは、“相棒”だって思ってるから」
 みくを見つめる。みくはずっと李衣菜のことを見ていたようだった。李衣菜は今、初めてみくを見たような気がした。気のせいだ。だけど、今初めて、みくがとても心細そうな表情だということに気がついたのだ。
「自分を曲げないみくちゃんのこと、カッコイイって、思ってるから。だから、みくちゃんの目玉焼きにソースはかけられないけど、目玉焼きは作れるから」
 言葉が出て来ない。上手く喋れない。自分が何を言っているのか、分からない。だけど伝えたいことがある。言いたい気持ちがある。みくと共有したい、想いがある。
「だから、これからは私、みくちゃんを遊びに誘う。用事が無くても部屋に遊びに行く。私は私を曲げない。私は私がやりたいようにする。だからみくちゃんは、みくちゃんがやりたいように、私の誘いを断って、部屋に来た私を追い出してよ!」
 無茶苦茶だった。
 だが、そんな無茶苦茶な台詞を聞いて、みくは心細そうな表情から――笑顔に、変わった。
「りーなちゃんってホント、頭悪い」
「なっ……は、はぁ⁉ カッコイイの間違いじゃないかなー⁉」
「うん、カッコも良いけど。でも頭悪い」
「そんなことな……は、え?」
 サラッとカッコイイと言われて、李衣菜は反駁しようとした勢いを殺されてしまった。
 そんな李衣菜の様子に、みくはふふんと笑う。
「そうだよね。りーなちゃんといる時のみくの気持ちは、みくにしか決められないもん。みくのことは、みくにしか決められないんだ。……うん。ありがとう」
「あ、いや、別に……」
 素直にお礼を言われてしまって、李衣菜は視線を逸らした。ウェイトレスと目が合った。
「お待たせしました、きのこの和風醤油パスタのお客様」
「はい」
「こちら、パスタにかけてお召し上がりください。以上でお揃いでしょうか?」
「です」
 テーブルにはパスタの皿と、パスタに自分でかけるらしい、醤油差しが置かれた。
 図らず二人分の料理が揃ってしまった。
 なんとなく視線を上げると、みくも同じように顔を上げたところだった。ほんの少しの間視線を交わし、みくは笑って醤油差しを差し出した。
「卵に、醤油かける?」
「いやいやいや、カルボナーラに醤油かけるわけないじゃんっ!」
 だよね、と差し出された手が戻っていく。その手を――李衣菜は、掴んで留めた。
 びっくりした顔でみくが李衣菜を見る。
 李衣菜は笑った。
「でも、今日だけ、かけて」
 美味しいかどうかは、食べてから決めれば良い。
 ――それがきっと、私のロック。