2021/10/29 19:38はっけん!カッコよさのヒケツ!
「―ことさん!・・・美琴さん?」
 それはプロデューサーやあの子とはまた違った、元気で跳ねるような呼び声だった。頭の中で流れていたダンスレッスン用の課題曲から意識を引き剥がし、声の主に集中する。
「ごめんね、ぼーっとしていたみたい。何かご用事?」
「はい!あたし、美琴さんに聞きたいことがあって・・おじゃまでしたか?」
 その子は、私が「歌いたい」という最初の夢を抱えて故郷を出た年よりも幼い、しかし高校生に見違えるほど背の高い子だった。子供向け番組によく出ていて、最近はバラエティに引っ張りだこなのは知っている。そういえば知り合いのテレビ局のスタッフが『283プロにとてもいい子がいてね~』と絶賛していたっけ。
 確か名前は、小宮・・・果穂ちゃんだ。
「いいよ。私に分かることであれば」
「! ありがとうございます! この前いっしょにレッスンしたときの美琴さんのダンス、あたしがうまくできないところもビシッときまってて、すっごくカッコよかったです!」
 この子と合同でレッスンしたのは基礎レッスンのときのはずだから、そこまで高度なダンスはしてなかったはずなのだが、この子にはそう見えていたのだろう。自分のパフォーマンスについてきらきらとした尊敬のまなざしで褒められるのは、素直に嬉しい。
 ありがとう、というこちらから感謝の言葉を述べる前にあちらから言葉の波がわっと押し寄せる。
「それで!あの!美琴さんのカッコよさのヒケツ、教えてください!」
 ・・・なるほど。ダンスのコツではなくその『理由』か。それなら簡単に答えられる。
「なんだろう。」
 頭の中の言葉を整理すること、一秒と少し。
「そういうふうに言ってくれる人がいるってこと、とかかな。」
 私の答えを聞いたその子は一瞬ぽかん、とした顔をした、と思いきや。
「す・・・」
「す?」
「スゴイです!応えんしてくれる人のためにたくさんがんばれるなんて、ヒーローみたいです!」
 ヒーロー。そういえば日曜の朝にやっているレンジャーものの番組がよく事務所のテレビで流れていたり資料に紛れて番組のDVDが置かれているのはこの子の影響か。
「じゃあ・・・そのヒーローみたいにもっと格好いい、すごいって言ってもらえるように、お仕事もレッスンも頑張らなくちゃね」
「えへへっ はい!」
 二人で決意を新たにしたところにプロデューサーの声が聞こえてきた。彼が呼んでいる相手は私ではないらしい。
「あっ・・・あたし次のお仕事があるんでした!お話ししてくれてありがとうございました!」
 ぱたぱたと事務所の外に駆けていく二人分の足音を見送りながら、ふと、彼女の言っていたヒーローについて考える。
 テレビに出てくる正義の味方も、アイドルも、応援してくれる、見てくれる人がないとあっけなく終わってしまうものだ。
 いや、この夢はそんな簡単には終わらせたりなんてしない。
 そんな思いを胸に抱えながら、いつものようにレッスン室の鍵を手に持った。