2023/12/18 21:05OFF/STAGE
ある日、テレビの向こうにいる彼を見た。
結成間もないユニットとは思えないほど、息が揃った洗練されたパフォーマンス。三人とも個性的でかつ同年代を引きつけるカリスマ性があるが、その中でもセンターに立つ自信が服着て歩いているような姿とこちらのすべてを見通してしまいそうな青い瞳に、怖さすら感じた。
ある日、スマホの中で踊る彼女と目が合った。
ステージにたった二人きり。今このステージにすべてを捧げているといっても過言ではない、全力で完璧なパフォーマンス。その中でも同い年である子のヒールを鳴らす音が聞こえてきそうなステップと、イヤリングの煌めきと共に見せる挑発的な表情におもわず目を奪われてしまう自分がいる。
多分、世界を呑み込める/変える人というのは、こういう人のこともいうのだろう。
そんな考えが、ふと頭をよぎってしまった。
***
―まあ、画面の向こうにいたそいつは案外実際会ってみたらただのタメで。
「で、どうだった?この前共有したプレイリスト」
「うーーん・・・一曲目の二番のサビは一番ぐっときたってくらいですかねー・・・」
「ふーん。俺だったらここ、もっといいアレンジできるけどね」
「はい出た俺もっとできますよアピール!そのパターン飽きたんですけど!具体例出してください!はい具体例―!」
「いいよ。ほらそこ再生してよ、説明するからさ」
「・・・っ、はぁーーー・・・」
現在某月某日15時、とある音楽雑誌のお仕事前。前のユニットの取材が押しているらしく、暇つぶしというていで集まった二人が、ユニット衣装にあまり似合わない雰囲気の会話をこそこそと繰り広げていた。
この当然のように隣にいる天峰秀という人物、東京では有名な生徒会長(高一で?しかも有名生徒会長って何?)らしいけど埼玉県在住の私には無効だし、逆にこっちがつついてみた時は腹立つほど乗ってこない上に自分が知らないことを吸収することに貪欲で、そんなところが少しだけ美琴さんに重なってそれも腹が立つ。本来なら話をするのも避ける相手。の、はずなのだ。
いつかテレビ番組の現場が一緒だったとき、同い年ということと音楽という共通の話題で思ったより盛り上がっちゃって。そこからアイドルの話とか音楽ディグり方とかを共有したりされたりを繰り返した結果、今では会うたび自然と話し込む関係に落ち着いている。改めてまとめてみても変な関係だ。
ひとしきりプレイリストのブラッシュアップ会議を繰り広げてもまだ取材の順番は回って来なくて。話題を探していたけど、口を開いたのは彼が先だった。
「そういえば、見たよ、この前の事務所合同ライブ。よかったじゃん」
「あ、ありがとうございますー・・・?」
私達以外にもたくさんの事務所が集まった合同ライブの話だ。出演することは知ってたけどその時彼らとは別日だったから顔を合わせることはなかったのだが。
「あ!さっきのやつみたいに改善点があったらどんどんお願いしますねー」
「ものすごい時間をかけて仕上げてきたんだなって分かった。逆にどう思ったの、この前のは。」
「そりゃもうたっくさん練習しましたけど、やっぱり美琴さんは、本当にすごくて!練習量も段違いで、なかなか追いつけなくて。だから、それを支えられるように、私が完璧なパフォーマンスを壊さないようにって、それは毎回思ってます、けど」
「支える?」
途切れ途切れの感想に突然刺さる質問と共に、彼の視線が真面目なものに変わる。画面の向こうにいた瞳を思い出してぎくりとしてしまう。
「何です」
「七草さんが緋田さんのこと支えてるようには見えなかったなってだけ。前見た時より二人で最高得点出してたように見えたから、ちょっといいなって」
「は、」
思いがけない言葉に言葉が止まり、体温が上がる。確かに、美琴さんと以前よりたくさん話して、合わせて、磨いたステージだ。すらすら言ってくれるじゃないか。ならばこちらもと言葉をかき集める。
「そ、そういう天峰さんこそ良かったんじゃないですかねー!フォーメーション変わるところとかめっちゃやったんだなーって分かりましたし、カメラもしっかり覚えて捉えてましたし!『クラファの新たな1ページを君は見たか!』みたいな!」
「なんだ、急に褒めるじゃん」
それはそうだ。だってこれは反撃なのだから。ポップ作りで鍛えられた語彙を舐めてもらっては困る。
「あとあと!いい感じに肩の力抜けてたんじゃないですかね!アイコンタクトとか増えたなーって思って―」
「・・・よかった」
今度はそうとだけ言って、天峰さんは黙ってしまった。怒っている訳じゃないからいいけど、視線が少し遠くの方を向いていた気がする・・・のは気のせいか。というよりこっちのことは散々言っといて黙っているのは卑怯じゃないか。
あんなにおしゃべりだった口が閉ざされてしまい、こっちもちょっと真面目になりすぎたので、という言い訳と共にわざと大きく動いて立って軽くのびをする。ワンテンポ遅らせて目だけで様子を伺うと、先程とはがらりと変わってきょとんとした視線が向けられていた。
「・・・何ですー?」
「ヒールあるだけでもだいぶ違うんだなって、目線」
からかうでも褒めるでもない、純粋な驚きらしい。その拍子抜けした感想にまたため息が出る。俺も確認しようかな、と立ち上がった彼の目線との距離感はなんだか既視感がある。
「・・・天峰さんが美琴さんと同じ身長なのがほんとむかつくんですけど!」
「ちょっと、そこは俺にもどうにもできないんだけど」
そう言って天峰さんはむ、と口を尖らせる。少し緩んだ空気に少し安心したし軽くつついたら今回は乗ってきたのでもう少しだけ、二人で時間を潰すことにした。
***
「にちかちゃん」
こうやって名前を呼ぶのも、何度目だろうか。いつもならすぐに嬉しそうに駆け寄ってくれるけれど、今日はそうではないらしい。
一緒に歩いている同い年くらいの男の子と話が盛り上がっているようだ。自分に向けた視線よりもお姉さんに向けていたそれと似て少しリラックスしている、気がする。年が近いからこそ話せることもあるのだろう。
「あれ、アマミネくんここにいたんだ」
こちらからも高校生くらいの子が二人、ぱたぱたと近づいてくる。あの青髪の子と同じユニットの子たちだ。確か花園くんと、眉見くんだ。お疲れ様、と軽く挨拶を交わす。
「お互い、取られちゃってるね」
「・・・アマミネくん、楽しそうだね」
「そうだな」
彼らにも同じように見えていたらしい。安心とほんの少しのうらやましさを感じていると
「SHHisとC・FIRSTのみなさん、お待たせしました!準備お願いします!」
そんなスタッフさんの声が聞こえた。あちらも呼びかけに気付いたようで、お互いのユニットの元に戻っていく。
「じゃあ俺たちもこれで。―あ。待って、言い忘れてた」
「? なんです?」
「次、ライブ一緒だったらさ、もっと感想言わせてあげるから。」
「・・・っ、そっちこそ!」
にちかちゃんと天峰くんの目が、一層輝きを増したように見えた。
「―私たちも、行こう」
「はい!」
***
後日、事務所にあの日の見本誌が届いた。『今をときめくフレッシュなユニット特集!』の名の通り、デビューして少し経った、けれど一度は目にしたことのある面々が並ぶ。
合同ライブのことや、私がライターさんにしっかりプッシュした美琴さんについての話もしっかりまとまっている。
百々人先輩と鋭心先輩との会話も打ち合わせ通りスムーズに進み、三人の会話のバランスも完璧。今までの経験を生かせているからか、我ながらユニットのことをいつもより上手くアピールできたと思う。
今後も彼ら彼女らの活躍に期待したい。特集の最後に綴られた言葉に少し嬉しくなった自分がいた。
これからたくさんの仕事をこなして、ビッグになって。今度会ったときはもっとスケールの大きい話ができるかな、今度会うときはステージの上がいいな。
そんなことを思いながら雑誌を閉じた。