2021/2/4 01:40快晴、摩天楼の足元より。
 冬の朝、澄んだ青空に対して黛冬優子は、思いつく限りの罵倒を上げ連ねていた。
 どうしてこんなに空が青いのに、太陽が見えているのに、吐きだす息が白いのか。寒すぎる。ばかじゃないの。身を切る冷たさに対して、文句は尽きることがない。
 冬優子の視線は、すっかりと色を失っている街並みに向けられている。冬景色は、悪くない。冬という季節自体は好きだし、賑やか過ぎることのない空気は、冬優子好みとすらいえた。それでも、事務所までの道なりは厳しい。この寒ささえ何とかなれば。またしても寒さへの苛立ちが募り始めた頃、目に映った人物に冬優子は「げぇ」という音を吐き出しそうになって、咄嗟の所で飲み込んだ。
「冬優子ちゃん!」
 上着すら着ていない芹沢あさひを視界に認めて、冬優子は眉をひそめた。あくまでも街中なので、彼女を知る人物にだけ伝わる程度に。
 高く掲げられた手には、手袋すらもなかった。鼻の頭を真っ赤に染めたまま、無邪気に手を振るあさひに対して、冬優子の機嫌はいっそう悪くなっていく。
「見てるだけで寒い」
「見てるだけなのに、寒いんすか?」
 あさひはそう言って、冬優子に手を差し伸べた。冷え切った指先が、冬優子の指先に触れて、思わず出そうになった怒声を喉元で押しとどめる。
「……事務所に着いたら、説教」
「説教!」
 あさひは声のトーンを上げて、触れたままだった冬優子の指先をぎゅうと握りこんだ。冬優子の目には、それが嬉しそうな表情に見える。
 自分が本気で怒っているのかどうかを天然で察しているらしいあさひが、何を考えているのかは分からない。分からないのだが、ともすれば怒られるのを心待ちにしているようにも感じ取れるその顔を、冬優子なりに理解しようと努めてみたことはある。……その結論が、自分の怒り具合を計りにされているのは腹立たしいというものだったのは、また別の話だ。
「なんでかな。冬優子ちゃんに怒られるの、楽しい時もあるんすよね」
「はあ……」
 冬優子は、あさひの言動に改めて感じ入るものなんて、なにもない。
 今更、今更だ。あさひのことに対して、なんの特別な感情を揺さぶられることもないけれど、怒りと呆れ以外の感情を覚えることなんてないけれど。
 あさひの中には確かに。
 この青い空よりも高い何かが積み上げられている!