「さかさまさまって知ってる?」
そんな話が絵美の口から出たのは、夕日が傾き始めるだった。
「何それ?聞いたことない」
突然の話に美保はきょとんとしている。
学校帰りの道を歩きながら、世間話をするように絵美は話を続ける。
「えっとね、この街にずっと昔からいる妖怪とか、都市伝説みたいなものらしくてね。無実なのに逆さ吊りにされて殺されちゃった人の怨霊なんだって」
「なんか、あまり怖く思えないね・・・」
「それで恨みが消えずに、人を殺したい・・・殺したい・・・って強く思ってる人に憑依して、夜になると人を殺しに行くんだってよー」
手をひらひら揺らし、おどかすような語り口で話す絵美。
そんな絵美の様子に美保はクスクス笑って応える。
「そんなお化けいないし、いたとしても人を殺したいなんて思ってる人、私たちのまわりにはいないでしょ」
「まーねー。あ、でもそういえばね・・・」
少女たちは気づかない。話に夢中で、背後から黒い影が走り寄ってくる音に・・・
「危ないっ!」
とっさに絵美は美保の服を強く引く。さっきまで美保が立っていた所を黒い自転車が横切り、けたたましくベルを鳴らす。
二人の脇を通り過ぎた黒い自転車は、後ろを振り向くこともなく忙しない様子で走り去っていった。
「なにあれ。こっち歩道なのに、殺す気?ああいう人の中にきっとさかさまさまが入り込むんだよ」
自転車の向かった方をにらみながら絵美が悪態をつく。
「うん、私もそう思う」
「でも私の親友に怪我がなくて、良かった良かった」
絵美は美保の方へ向き直ると、安心した表情になった。
「そうだね。私は絵美にずっと生きててほしいし、ずっと友達でいたいって思ってるんだから」
「何それ大げさー」
笑顔が戻った少女たちは再び家路を歩く。
「そう、さっき言いかけた話なんだけどね」
「ささまさまに憑りつかれると、ずっと嘘っていうか・・・心の中で思ってるのと反対のことしか喋れなくなるんだって・・・」
歩みを続ける二人の少女。沈んでいく夕日を塗りつぶすように影は街を覆っていく。夜の始まりは音もなく近づいていた。