2021/2/20 21:41night in galeは毛布の中
 リリリリ、と、でんわの音がなる。
 まどの外のさわがしさに負けないくらい、元気になりひびくそれに、わたしはあわててぱたぱたぱたと走りよって。大きなでんわの置いてあるげんかんの近くの台は、わたしにはちょっと高いから、がんばってせのびをして、手が……とどいた!
「はい、もしもし」
 両手ででんわを持って、いつもどおりにお返事をすれば……でんわの向こうから、ちょっとざわついた音の中で「灯織?」と呼んでくれたのは、今一番ききたい声──おかあさんだったものだから。わたしは、じぶんでもビックリするくらいにはずんだ声で「うん!」とお返事をしてしまったのだ。
 でも……このとっても強い嵐のせいで電車がとまってしまったから、お仕事をしていたおかあさんは帰れないんだって。だから、あぶなくないように、いろいろとかくにんをしなさいって、そういう、おかあさんからのでんわ。
 とじまりをしっかりとして、ガスの元栓をかくにんして、風がびゅうびゅう吹いてるから念のためにまどには近づかないようにして。それから、それから──
 つぎからつぎへとならべていくおかあさんの不安げな声に、うん、うんってしっかりとお返事をして……そうして。
「だいじょうぶ、ちゃんとできるよ。しんぱいしないで」
 そういったら、おかあさんもちょっとは安心してくれたみたいで、おやすみなさいって言ってでんわは途切れたんだった。
 ドアのカギはしまってる。まども全部、カーテンもばっちり。火は使ってないからガスもあいてない。寝る前に、おかあさんとの約束通りにひとつひとつかくにんをして……と。
 ガタガタガタガタッ
 ふいに。
 ひと際強い風が吹いたのか、まどが大きくふるえる音が聞こえて、わたしはびくりと身体をすくめてしまった。耳をすませば、まどの外からは怪獣のさけび声みたいな音がごうごうと泣きわめいて聞こえてくるし、まどは今にも割れちゃいそうなくらいにがたごとと暴れてる。それが、なんだか、だれかが泣いているような悲鳴に聞こえて……
 こんなすごい音って、もしかしたら本当に、外には怪獣がいて、わたしのお家はその怪獣におそわれてるところで……悲鳴をあげてるんじゃないのかな? それなのに、今ここにはわたしだけしかいなくって、そう思うと心臓がぎゅぎゅーっとなって、手も足も冷たくなって……
 気が付いた時には、ろうかを走り出していた。
 いつもは……ほんとは、だれも居ない時には入っちゃいけない、おとうさんとおかあさんのお部屋。その、大きくて、でも冷たいままのベッドの上にぼふっと飛び込んだ。
 頭から、おとうさんのお布団とおかあさんのお布団を二枚重ねて被されば──ほら、かいじゅうの鳴き声も、まどの悲鳴も遠くなったから、もうだいじょうぶ。あとはこのまま、朝まで。だいじょうぶ、だいじょうぶだから……
「灯織ちゃん?」
 柔らかな声に、はっと、焦点が戻る。
 振り向けば、大きな布を抱えた真乃が小首を傾げて立っていて……私はと言えば、片手に掃除機を持ったまま、ぼうっと窓の外を見ていたみたい。どうかしたの? と、言いたげな真乃の表情を見て、慌てて使い終わった掃除機を片付けながら、真乃の方に向き直ったのだった。
 ──窓の外からは、びょうびょうと大きな風の音が響いていた。
「あ……ごめん真乃、ちょっとぼーっとしてたみたい。えっと、敷布団?」
「あ、うん。これ、ここに敷いていいかな?」
「うん、掃除機はかけ終わったし、大丈夫だと思う。私も手伝うね」
 真乃の持っていた敷布団の端を一緒に持って、ぽんぽんと叩きながら床一杯にそれを敷いて行けば……即席の寝床の完成に、真乃とふたり、顔を見合わせて笑いあった。
 暴風注意報が警報へと切り替わったのは、一時間ほど前の事。
 もともと暴風雨の予報が出ていた日だったので、念のためにと、プロデューサー達が全ユニットの全部のお仕事やレッスンを延期したり再調整したりしたのだけれど。生憎と、私たちイルミネーションスターズのお仕事にはひとつだけ、どうしても今日じゃなきゃならないお仕事があったのだった。なんとか外が危険になる前にってギリギリまで時間を繰り上げてもらって、風が強くなる前に事務所には帰って来れたのだけど……そこで、帰りの車を出してくれるプロデューサーを待ってる間に急激に、雨も風も強まってしまった。
 台風並みの暴風雨だというテレビの気象情報を見ながら、別件で別行動をしていたプロデューサーにこの気象のなかで車を運転させるのは危険だろうと、その近くでホテルでも取ってもう動くなという指示を出したのは、事務所に待機していた社長。更に、私たちにも、下手に動くよりはここにいたほうが安全だろうと、このままこの事務所にとどまって暴風雨が収まるまで夜を明かすようにとも指示をしてくれたのだった。
 真乃やめぐるの家には、同じく事務所に待機していたはづきさんが恙無く連絡をして、社長とはづきさんで責任をもって事務所で預かるということで、私たちの事務所でのお泊まりの話はすぐに決定に。
 そして、今後更に風が強くなった時の万が一に備えて、あまり窓のない部屋で夜を明かした方がいいだろう……ということで、私たちのお泊まりの場所は事務所の倉庫に決定したのだった。
 お泊まり会自体はもう何度もしているけど……こんな、あまりないシチュエーションに真乃もめぐるもそわそわしっぱなしで、倉庫の片付けに布団の用意にとはしゃいだ様子が手に取るようにわかる。
 でも、私は──
「真乃っ! 灯織っ!」
 バタバタバタと軽快な足音が聞こえる……と思ったら突然、倉庫のドアを勢いよく開ける元気な声。
 真乃とふたり、何事かと振り返れば、開け放たれたドアのところに立っていたのはめぐるで。そのめぐるは、両手いっぱいに布を……何枚も重ねた毛布を持っているようだった。
「はづきさんが、これ使っていいですよって毛布だしてくれたよ!ほら、ふかふか~‼」
「わっほんとだ……ふふっ冬毛のピーちゃんみたいにふかふかのお布団……っ!」
 めぐるが持っていたのは、灰色でもこもことした毛布。そんな毛布に抱き着きながら笑う二人の姿を、私は。どこか少し、遠くに見てしまっていたのだった。
「灯織?」
「えっ」
 気が付けば、ふかふかの布団を手にきゃいきゃいとはしゃいでいたはずの手をぱたりと止めていためぐると真乃が、私のことを覗き込むように見ていて。そこでようやっと私は、自分がぼんやりとしていたことに、はたと気が付いたのだった。
「さっきから何かぼーっとしてるけど、考え事?」
「うん、灯織ちゃん、何か心配事でもあるの?」
「あっ……う、ううん。そんなわけじゃ、なくて、ただ……」
 覗き込む、空色と鳶色の瞳には、少しだけ心配げな色が見え隠れ。そんなつもりじゃなかったのに……と、慌ててみるけれど。上手い言葉が見つからなくて、私は口をもごもごと動かすばかり。
 と、その時。
 ガタガタガタガタッ、と、倉庫の小さな窓が、風に煽られて勢いよく暴れる音が響き渡った。その音にびくり、と肩を跳ね上げさせてしまう私。
 よくよく耳をすませば──さっきから風は強くなる一方のようで、事務所の入っているこの建物全体がガタついているような音すらも聞こえる。大丈夫……なんだろうけど、なんだか落ち着かない物音にそわそわと気持ちは浮足立ってしまって。このひと際大きく聞こえる音は、もしかして心臓の音? ばくんばくんと、どうしてこんなに大きく聞こえるのかわからなくて、沈め方もわからなくなってしまって。だから、私は────
「~~っどーーーーーん‼」
「きゃっ」
 突然。
 背中にのしかかる重みに、たまらず私はバランスを崩して、そのまま敷かれていた布団に倒れ伏してしまうのだった。頭からかぶせられた何かで一瞬にして視界も真っ暗だけれど、かろうじて見える端っこの灰色は……めぐるがもっていた毛布。ということは、この、押し倒すように背中にのしかかって抱き着いて離れない温かいモノは……
「めぐる……重い……」
「えーーー重くなんてないよぅ」
 毛布を取り払いながら、背中のカタマリに文句を言えば、カタマリが思っていた通りの声音を返してくれる。文句……とはいっても、ほとんど形式だけみたいなもの。私はめぐるを剥がそうとはしなかったし、めぐるも離れようともしなかったし……と。
「ど、どーーーん!」
「ひゃっ⁉ ま、真乃まで……」
 更に更に。どこかちょっとためらいがちに……でも、確かな勢いをつけて、真乃まで私たちに覆いかぶさってきたものだから、私は再度、布団に押しつぶされてしまったのだった。
 抜けだそうと、じたばたと身を捩りもがく私を、めぐるも真乃もくすぐるように押さえつけて離してくれなくって。三人で毛布をかぶってどたばたきゃあきゃあと騒ぎあって……その内くすくすと笑い始めたのは、もしかしたら私が一番最初だったのかもしれない。
 気が付いた時には、部屋中に三人での笑い声が重なり、響き渡っていたのだった。
 
 ふと、廊下の方から足音が聞こえてきた。
 今、この事務所の中にいるのは私たちを除けば二人だけ。様子でも見にきてくれてるのか……ぱたりぱたりと、軽めにゆっくりと、それでいてまっすぐとした足音は、きっと。
「あ、はづきさん、かな?」
「はづきさんも、一緒にお布団はいらないかな~?」
「ふふ、誘ってみよっか」
「いいの?」
「うん。三人もいいけど……四人だともっと暖かいでしょう?」
 肩を寄せ合って三人一緒にかぶった毛布の中には、もう、嵐の音は聞こえなくなっていた。