「おや、雪だ」
「え?」
 窓の外を見た咲耶の呟きに、結華も視線をそちらに向けた。見れば確かに、はらはらと雪が空を舞っている。
「……っちゃー、三峰今日は傘持ってきてないや」
 東京の雪は触れれば溶けてしまう。傘を差さずに家路につけば、明日は間違いなく風邪だろう。
「ふむ、それではお姫様、エスコートはいかがかな? 私は折り畳み傘があるから、駅まで送らせてくれないだろうか」
「あらあら騎士様、それは素敵なご提案ですこと……だけどさくやん、折り畳みじゃ二人で入るには狭いんじゃない? それに駅って、さくやんの帰り道じゃないよねぇ?」
 ──悪いけど、こちらにばかりメリットがある話には乗れません。
 言外に込めた気持ちを、咲耶はしっかり察したらしい。思案げに口元に手を当てて、小首を傾げる。
「そうだな……たしかにこの傘では二人は狭いかもしれない」
「うん」
「駅まで行くのは、私にとっては遠回りだろう」
「うんうん」
「だけどね、結華」
 咲耶が一歩、距離を詰めた。結華の腕を取って、自分と絡める。
「こうして寄り添っていれば、暖かいし」
 縮まった距離で、結華の顔を覗き込んだ。
「そうやってキミと歩く距離が長くなるのは、私にとっても幸福なことさ。どうか、私にひと時の幸せを享受させてはくれないかい?」
「ん……んん、んんん」
 呻く。
 はぁ、と大袈裟に息を吐いて、肩を竦めてみせる。
「はいはい、わかりましたよ。では愛しの騎士様、エスコートをお願いします! ……あ、腕は組まなくて良いからね? 雪の中じゃ危ないし」
「おや残念」
 おどけて笑う咲耶に、つられて結華も笑いをこぼす。ああ、帰り道の間中、腕なんて組まれちゃたまったもんじゃない。だって今だってこんなに、心が揺れてしまうのに。
 ──笑顔の底に隠すのも、楽じゃないんだから。