「あーーーっ⁉」
お昼ご飯には少し早いかなという時間にがちゃり、と事務所のドアを開けた瞬間、そんな叫びが耳に飛び込んできた。一体何事か、と視線を落とすと、そこにはソファに座る園田さんと机の上には板チョコ?があった。
「にちかちゃんだ!お疲れ様!ごめんね、いきなり叫んだりしてて」
「いえ、あの、ごゆっくり・・・」
ちらりと机の上に視線を動かす。チョコは真ん中が恐竜の形をしており、その周りを割って楽しむタイプのお菓子らしい。尻尾が真ん中当たりでトカゲのようにぽきんと折れてしまっている。先程の悲鳴の理由はこれらしい。
「・・・にちかちゃん、もしかしてこれ、気になる?」
「ああ!すみません、視線、邪魔でしたよね」
「ううん、いいの!」
果穂が好きな番組を家で見ていたらCMの方に目がいってしまった、と言ってはいるが、それにしても一人で一気に食べるにしては多い枚数だ。どうやら味や柄の種類にもいろいろあるらしい。
「これ、もしかしてお一人で食べる気です?」
「私もこんなに種類があるとは思ってなくて、チョコアイドルとしては全種類試さなくては!と思って、スーパーやコンビニを回って全部買っちゃいました」
その量を一人で攻略しようとするのはアイドルらしくはな・・・いや、チョコアイドルとしては最もそれらしいのかもしれないのか?そんなことをぐるぐる思っていると、園田さんがそうだ!とぱんと手を合わせる。
「もしよかったら、割るの手伝ってくれないかな?この中から好きなの一枚だけでも!」
お互いツイスタの投稿するきっかけにもなりますし!と天然物の上目遣いで誘ってくる。不幸にも今事務所には私たち二人、今日は野暮用があって事務所に寄っただけでオフだ。断る理由が見つからない。
じゃ、じゃあ、と一番普通そうなタイプのやつを手に取ることにしたのだ。
ゴテゴテしたお菓子の袋から出てきたのは、多分装草食の恐竜だった。袋の後ろを見ると、この柄の難易度はレベル1、つまり一番簡単と言うことだ。まあ、最初はそんなものか、と特に何を言うわけでもなく(隣の智代子さんも真剣に二枚目に取りかかってるわけだし)、無言で目の前のチョコを割る作業に取りかかる。
ぱきん、ぱきんとチョコレートを恐竜の形に添って割っていく。最初はたかがこんなお菓子が綺麗に割れたころでと思っていたのだが、その一瞬一瞬が、失敗したら後戻りできないという緊張感で頭がいっぱいになっていく。そう思う傍ら、ちょっと卵を割るときに感覚が似ているな、といつかの記憶も思い出したりした。
そんな焦りと懐かしさが手の熱に変わり、持っているチョコを溶かしていく。そのおかげもあってか順調に恐竜の形に綺麗に割れつつあった。割れそうにない部分も綺麗に割れるように、よくできているものだ。
「・・・できた、んですかね」
数分後、そこにはただの恐竜形のチョコレートがあった。智代子さんはすごいすごい!と自分の事のように褒めてくれたが、その手には既に先程とは違う色のチョコが置かれていた。私が来なかったら本当に一人でやろうとしていたのか。
「せっかくだから一緒に撮ろうよ!成功記念!」
スマホを出し、お互いのチョコ(今度は智代子さんも成功したらしい)と二人でぱしゃり、と自撮りをした。
「それにしても甘い物を食べた後は違う味食べたくなっちゃうよねー!なんて!」
「たしかにそうで・・・あ!」
そうだ、今日事務所に来た理由、思い出した。ごそごそとリュックから小さなタッパーを探す。
もしよかったら、と取り出したるはレモンのハチミツ漬けだった。今回は急いで作って切り口が不揃いなので美琴さん用ではなく、お姉ちゃん(と、プロデューサーさん)用に適当に押しつける用かな・・・と思っていたものだ。
「わあー!美味しそう!これ、手作りだよね?本当にいいの?」
「はいー、お口に合えばいいんですけど。」
先程チョコの柄を見たときと同じようにぱあ、と顔を明るくしてくれて、不揃いのものを「こんな」と言ってしまった自分が少し恥ずかしくなってしまった。結局、私が持ってきた差し入れは事務所にあった炭酸水と合体しレモネードに変わり、見事に口直しの役割を果たしてくれたのだった。
「いやー今日はチョコもたくさん食べられたし、にちかちゃんともたくさん話せたし、いい日でありました・・・この後の食レポもなんとかなりそう!」
「えっ」
「ん?」
食べる仕事の前にこんなに食べられるのか。という突っ込みが口から飛び出しそうだったが寸前のところでブレーキがかかり、んん、と咳払いに変わった。
*****
数時間後、智代子さんのお仕事が終わったタイミングでツイスタで『今日はにちかちゃんと(智代子さんと)チョコとを上手に割れるかチャレンジをこっそり実行しました!』という投稿をしたら主に智代子さんのファンの間で少々バズり、チャレンジタグがちょっとだけ流行ったらしい。
事務所でもブームになりかけてあろうことか美琴さんが巻き込まれかけてちょっと苦笑いをしていたところを目撃してしまったのは、また別の話である。