2021/2/4 02:13鈍色に凪ぐ
 習慣というのはなかなか抜けきらないもので、夜も明けきらない頃、家族の誰よりも早く目が覚めるのが常となっていた。
 いつもと変わらぬ天井を暫しぼーっと見つめる。変わるのはカバンの中身と、天気くらいか。雲の切れ間から僅かに差し込む陽の光は、弱々しくも町を照らしていた。もう一眠りしようかと思い目を瞑るが、一向に眠れる気配はない。それどころか段々と冴え渡ってくるのを感じたので、用もなく身体を起こして、要もなく万全の準備を整える。
 少し前まではこんな時間に待つ仲間のために急いで家を出たりもしていたが、今はそんな必要もなくなってしまった。それでも何もせず時間が過ぎるのを待つわけにもいかなかったので、少し外に出ることにした。家から海まで、走れば十分ほどの距離、よく走っていた道をゆっくり歩く。
 何も変わらないあの頃のままの景色のはずが、今は少し違って見える。ひたすらに、長く、永く。終わりが見えない道が、続いている。それでもめげずに歩を進めると、だんだんと潮の香りが近づいてくるのを感じた。
 変われなくて不安なこともあれば、変わらないからこそ安心できるものもある。幾度となく嗅いだ潮の香りは、立ち返るべき場所としていつでも出迎えてくれた。
 防砂林を抜け、砂浜へと向かう。弱々しい陽の光で鈍く色づく海は、それでもなお寄せては返しを繰り返している。どれだけみっともなくても必死に足掻き、輝こうと姿形を変えていた。石ころ一つ投じられれば、それはたちまち波紋となって心を揺する。
 変わらないもの。変わらなきゃいけないもの。両方ある。風にも、波にも、誰にでも、もちろんアタシにも。
「もう、どうにでもなれ」
 海に向かって一つ、石を投げた。