2021/2/4 01:29天使に後押しされてみませんか(スト魔女、エーリカ視点シャーゲル)
 ネウロイを撃退し基地へと戻る最中、前を飛ぶ橙色の髪が視界に入りある事を思い出した。
それをそのまま隣を飛ぶ人物へと投げ掛ける。特に意味は無い、他意が無いとは言えないけれど。
「ねぇトゥルーデ、もうすぐシャーリーの誕生日だね」
「…そうだな」
 僅かなタイムラグはどんな心情の表れだろうか、などと思いながらも彼女の渋い表情を見ればそんな事は一目瞭然で。プレゼントどころか素直に祝う事すら出来そうにない不器用な彼女に、どうしたものかと苦笑を洩らす。
 誰だって誕生日くらいはいい思いをしたいだろうし、誰かの誕生日を祝う事はそれだけで喜ばしい事だと思う。
 まぁ放っておいても彼女は彼女なりのやり方で誕生日を祝うだろうとは思うけれど、きっとそれは酷く不器用なやり方で、受け取る方も中々その真意に気付けないような、前方を飛ぶ彼女ならば気付くとは思うけど、やはり時間は必要で。下手をすれば日付が変わって、誕生日をもやもやした気分で過ごす事になるかもしれない。そうなれば、誕生日を過ぎてしまえばきっとお礼だって言い辛くなるはずで。
 普段なら放っておいても端から見れば仲良さげな痴話喧嘩。でもそれが一方の特別な日であるならば、いつも通りの喧嘩はちょっと次の日まで置いておいて、素直に『おめでとう』と『ありがとう』を言わせてあげたいって、そう思った。
―天使に後押しされてみませんか―
 基地に戻った後私は早々に部隊のお母さ―――基、隊長。ミーナの元を訪れた。彼女の執務室にはやはり当然のようにお父さ―――もういいや。お父さん、坂本少佐が居るわけで。扶桑のユノミ、とやらでお茶を啜っていた。
 ミーナよりも早く『どうしたハルトマン、珍しいな』と言葉を投げて来た彼女の向かいに腰を下し、やれやれといった態度でソファの背凭れに背中を預けた。
「もうすぐシャーリーの誕生日だから、トゥルーデがどうやったら素直におめでとうって言えるかなって」
 それを聞いた二人は息もピッタリに『あぁ』と納得して苦笑いを零した。
 そのまま三人で作戦会議に突入。ミーナが入れてくれたお茶を飲みながらああでもないこうでもない、それじゃ駄目だあれならどうだ、私に限って言えばネウロイに対する作戦考案よりも真剣かもしれないと、何とは無しに可笑しくなった。
 そしてある程度作戦が決まるとシャーリー以外の隊員がブリーフィングルームに集められた。勿論本人にバレてしまっては意味が無いのでシャーリーに気付かれないよう、彼女がストライカーの整備に夢中になっている間に。
「―――では作戦の概要を伝えます。作戦決行当日、対象はハンガーにてストライカーユニットの整備に当たっているものと予測されます。単独、若しくは編隊を組んで奇襲を行うこと。武器の入手方法、奇襲のタイミング等々は各員に任せるものとします。以上」
 作戦なんて謳ってみても、何の事は無い。皆で花を贈ろうってだけの話だ。不器用な彼女を素直に行動させるには命令と言う建前が一番だ。因みにトゥルーデ以外全員最初からシャーリーの誕生日を祝うつもりでいたし、これがトゥルーデの為の作戦だってわかっているから、何とも言えない渋い顔でミーナに抗議するトゥルーデを生温かい目で見守っていた。
「何が作戦だミーナ!こんな馬鹿げた作戦があるか!」
「あら、仲間の誕生日に花を贈る事が馬鹿げた事?」
「い、いやそういう意味じゃ…私が言いたいのはだな、こんな大仰に皆を集めて何を言い出すのかと、」
「バルクホルン大尉、これは上官命令です」
「っ、そもそも命令されたから祝うなんておかしい話でだな、」「私は花を贈る事を命じただけで祝う事まで強制した覚えはないのだけれど」
「っ………くっ…」
 ミーナに掛かればトゥルーデに勝算などあるわけもなくて。彼女は暫く唸った後、『…了解』と短く呟いた。
―――
「あれはお前の仕業だろう、ハルトマン」
 解散後各々何の花を贈ろうかと和気藹々談笑しながら散り散りになった後、トゥルーデは眉間に皺を寄せ、仁王立ちで私の前に立ち塞がった。何のこと、なんて言って誤魔化してもよかったけど私が彼女の事をよく理解しているように、彼女も私の事をよくわかっている。
「…たまには良いんじゃない?素直になってみるのも」
「余計なお世話だ!」
「別にトゥルーデの為じゃないよ、シャーリーの為に言ってんのー」これは嘘。勿論トゥルーデの為でもあるんだけど。
「いつものいがみ合いも楽しそうだけどさ、誕生日くらい嬉しい気持ちで過ごせるように」
「………」
「ねぇトゥルーデ、誕生日って、この世界に生まれた日なんだよ。    今ここに居るのも、言葉を交わせるのも、笑い合えるのも、背中を預けられるのも、その日があったから。出会いの記念日なんだよ」
「…お前にしては…随分ロマンチックな台詞だな、エーリカ」
 そうかもね、でもそんな気分だったから。身を翻し、ひらひらと手を揺らす事を挨拶としてその場を後にした。去り際の彼女の顔は呆れた様な笑みだったから。トゥルーデがこういう顔をする時はこちらの言い分に折れてくれた時だ。
 それを見て安心した私は第二の不安要素を捜しに向かった。予想通りというか、案の定ハンガーへと向かおうとしているルッキーニの後姿を見付けその首根っこを掴む。さすがに無いとは思いたいがここでシャーリー本人に口を滑らすなんて事をされては台無しだ。急に襟首を掴まれた事で恨めしげにこちらを見てくるルッキーニに私は一つ提案した。
「ねぇルッキーニ、一緒に花を贈ろうよ。シャーリーがびっくりするくらい派手にさ」
 面白そうな事とシャーリーが大好きな目の前の少女が、この言葉に食いつかない筈もないわけで。そうなれば次の瞬間には何の花を贈ろうか、どんな方法で贈ろうかと作戦会議。そんな中ルッキーニの口から出た言葉は後程ミーナにでも伝えておこう。
「あのね、ロマーニャにすっごいお花屋さんがあるよ、どんな花でも取り寄せてくれるの!お、オンシツ?で育ててるから一年中咲いてるのもあるんだって!」
 ホントに何て都合の良い。いや別にこっちとしては好都合なんだけど。じゃあやっぱり花を贈るなら花言葉だろうって、ルッキーニを部屋に連れ込み医学書の中に紛れた植物図鑑を発掘して、何でそんなものがあるのかって聞かれればそれはご都合主義、とかではなくて。ただ単に医学書に載っている薬草の群生地や開花時期なんかを調べるのに一番便利だっただけの話で。これに花言葉なんかも載っていたわけで。
 ベッドに上がり向かい合って胡坐をかき、間に図鑑を広げてあれでもないこれでもない。ああこれなんてピッタリ、二人の意見が一致したところでルッキーニを解放した。勿論、驚かせたいならシャーリーには絶対内緒、と念入りに言い聞かせて。その後またミーナの所に行ってルッキーニの言っていた花屋の話をした。最終的に全員から贈る花を聞いて、纏めて注文する事にしたようだ。
 数日後、何人かがどうにもマニアックな注文をしたせいで花の入荷が誕生日前日と言うハプニングも起きたが概ね順調、準備も万全で当日を迎えた。
 整備を終えたばかりらしくつなぎに軍手、ポニーテールという何とも色気の無い姿で歩くシャーリーに、やはりと言うかなんと言うか、先陣切って特攻したのは宮藤&リーネペア。それを皮切りにペリーヌ、サーニャんとエイラ、ミーナと少佐が次々と。それを二階の窓から見ていた私とルッキーニは、これ頃合と花を抱えて困惑するシャーリーを大声で呼んだ。
 そして麻袋二袋分の昼顔を窓から降らせたわけで。この時のシャーリーの顔は暫く忘れられそうにない。しかし本題はここからで。尻餅をついたシャーリーに近付くトゥルーデの姿、窓の縁に腕を乗せてその様子を見守った。
「うじゅ?ハルトマン、嬉しそうな顔してるね?」
「そー?」
 だってほら、笑ってるから。シャーリーだけじゃなくてトゥルーデも。
 少佐が写真でも撮ったらどうだってカメラを持ってきて、エイラがお姫様だっこでもしたらどうだって囃し立てて、じゃあお前がサーニャをお姫様抱っこしろって返されてうろたえてるのはまた別の話で。
「私がやってやろうかバルクホルン、と言いたいとこなんだけど見ての通り両手が塞がっててさー」
 聞こえてくる声はやはりからかいを孕んだもので、それは彼女なりの照れ隠しなんだろうけど――残念、トゥルーデも今日は一味違うんだ。
「…誕生日だからな、今日は特別だ。本来こんな事で魔法力を…」
「おいおい、怪力を使わなきゃならない程私は重たくないぞ」
「お、おいこら動くとバランスが…!」
 ああ、ここまでお膳立てしてあげたのに残念すぎるよトゥルーデ。デリカシーの欠片も無いよね。ほら、ポージングはバッチリなのにお姫様がジト目とかそれもうどんなコメディ。まぁでも、お節介は最後まで。
「…シュトゥルム」
「「うわっ!」」
 先程降らせた昼顔。今は地面に散らばるそれを舞い上がらせる、勿論魔法力は最小限に抑えて。
 二人は一度こちらを見上げて面食らったような表情を見せたけど、次の瞬間には呆れた様な、可笑しそうな、そんな笑顔を浮かべて顔を見合わせ、それを見た他の皆も笑ってて。シャーリーをトゥルーデに取られたと思ったのか、さっきまで隣でうじゅうじゅ言ってたルッキーニも、シャーリーの笑顔を見て嬉しそうで。
 最前線だろうがなんだろうが、ここには笑顔が溢れてる。それが明日戦う力になるなんて、そんな事は別にどうだってよくて、ただシャーリーとトゥルーデが笑ってて、皆が笑ってて、それが邪魔されない二度寝なんかよりも断然気持ち良いって、そう思った―――
―後日談―
「ねぇトゥルーデ、何で勿忘草だったの?」
「…忘れないように、だ。501が解散しても、平和になっても、ここに皆が居た事を。共に戦った事を。勿忘草の花言葉は『忘れないで』だろう?」
「…勿忘草の花言葉は『私を忘れないで』だよトゥルーデ」
「なっ…‼」
「あと他には『真実の友情』とか『誠の愛』とか…」
「な、なん、…ッ!」
「って言うかそもそも勿忘草って名前、カールスラントの悲恋物語が語源だし。恋人に贈る花を採ろうとして溺れた人が間際に恋人に花を投げて『僕を忘れないで!』って叫んだんだよ。で、恋人は生涯髪に花を飾り続けたって」
「………」
「…まさか知らないでシャーリーの髪に飾ったの?」
「…っ、し、知るわけないだろうそんな事!」
「トゥルーデ顔真っ赤。まぁシャーリーもそんな事知らないだろうけど」
「待てハルトマン、どこへ行く。そしてその手に持った図鑑は何だ…!」
「え、シャーリーに教えてあげようと思って」
「やめろーーーーーー‼」その後ハルトマンを追い掛け回すお姉ちゃんの姿があちこちで目撃されたとか、されないとか、されない事はまずないとか。