2021/2/4 02:14未来破壊性
 事は唐突、突然、突発的で。朝の六時、一ノ瀬志希は混乱の渦に叩き込まれた。一ノ瀬志希という人間は、混乱を起こすことが多いが、起こされることはそうはない。より正確に言うのであれば、混乱に至る前に、自身で解析や調査や解読などを進めることにより、現実と未知とのギャップを減らしているのだ。言うならば生物の本能としての回避行動と言っても良いかもしれない。よって、一ノ瀬志希はそう言った混乱とはしばらくは無縁の生活を送っていた。しかし、今この現状、目の前にいる女性が、城ヶ崎美嘉だと理解し、目の前の女性がおおよそ未来と呼ばれるところから来訪してきたことを理解し、右腕にやたらとメカメカしい籠手を装着しているのを理解『は』しているのだが、そのことを踏まえても一ノ瀬志希は混乱していた。何度も梟のように首を捻っては、戻し、捻って、戻しを繰り返す。そんなことを繰り返すこと約三分。たっぷりと考え一ノ瀬志希が出した結論は。
「これ、志希ちゃんの幻覚、もしくは夢か」
 科学者であるまじき現実逃避という選択をせざるを得なかった。物事の事象は理解できても、目の前の状況が理解不能だった。
「いや……まぁ、うん。あたしも志希ちゃんと同じ状況になったら、同じことを疑うと思う」
 そう苦笑いをしながら、頬を人差し指で掻いているのは、城ヶ崎美嘉だと名乗る女性。志希の視覚と嗅覚は確実に城ヶ崎美嘉という情報を拾ってきている。が、目の前にいる女性は……今まで見知ってきた十七歳の城ヶ崎美嘉では決してない。
「三十路の美嘉ちゃんって時点で意味がわからない。志希ちゃん、プチパニック」
 冷静に観察しながらも、志希は混乱し続ける。唐突のサイエンスフィクションじみた光景を受け入れるにはまだ時間が足りない。冷静になろうと、何度も何度もマグカップを掴もうとする志希だったが、その手は何度も何度も空を切る。しかもそのマグカップにはお目当ての飲み物が入ってすらいない。
 そんな志希の様子に自分の事を城ヶ崎美嘉だと名乗る女性はこう言った。
「久しぶり。未来を破壊しに来たよ」
 城ヶ崎美嘉だと名乗る女性の服装は、今現在の二〇一四年ではおおよそ考えられないほど派手である。今の流行り(十七歳美嘉の情報)はシックで大人びたファッションであるのだが、目の前にいる三十路な城ヶ崎美嘉は、薄く青みが入った丸眼鏡、ベリーショートで後ろ髪はまさかのツーブロック、耳にはたくさんのピアスがついており、服装も深緑色のモッズコートである。一言で言うのであれば……。
「治安悪い服してません? 美嘉さん」
「いや、敬語はやめて。それは心にクる」
 思わず敬語が出てきてしまった志希に、三十路な美嘉は籠手が付いていない方の手で制止する。その姿や動作は志希が知っている城ヶ崎美嘉っぽい動作だった。その事で少しだけ志希は、冷静さを取り戻す。……それでも、マグカップを掴む手は空を切っているが。
「とりあえず……片付けて欲しい、かな」
 志希は上目遣いで恐る恐るそんなことを言う。美嘉はその言葉に、びくんと身を震わせ周りを見渡す。今、三十路な美嘉が居る場所は、志希が購入したマンションの一室。そこには、テーブルやソファなど志希が購入した際にくっついてきた家具が並んでいた場所『だった』。今現在、その家具たちは無惨に砕け、書類が床に舞い散り、志希が放っておいたピザが床に散らばっている。
「あー、えーっと? 転送した時にぶっ飛ばした、かな」
 三十路な美嘉は丸眼鏡を上げながらそう言う。志希はこくこくと頷くのみ。相変わらず、マグカップを掴むことが出来ず、手を空中に泳がせている。
「ごめん。かたづける」
 そう言って、美嘉はその場にしゃがみこみ、掃除を開始した。
◇ ◇ ◇
 とっ散らかった、一ノ瀬志希の部屋を片付けた後、二人は志希の自宅近くにあった喫茶店で、テーブルを囲んでいた。志希はウィンナーコーヒー、治安の悪い服をしている城ヶ崎美嘉は、アイスコーヒーを頼んでいた。本来であれば、志希の自宅で話し合いをすべきなのかもしれないが、それは美嘉が嫌がった。曰く。
『また片付けることになるかもしれないから』
 とのこと。志希は再び梟の様に首を傾げたのは言うまでもない。
「……で、未来の美嘉さんはなんでこの時代に?」
 志希が話を切り出す。志希は目の前にいる女性が城ヶ崎美嘉なのか判断に困っていた。もし、もし本当に未来から城ヶ崎美嘉が来たとして、今時代に何の意味があるのか、それを知りたかった。
「さっきも言ったけれど、敬語はやめてくれないかな……いつもみたいに、美嘉ちゃんで良いよ」
 苦笑いをしながら、美嘉は志希に向かってそう言う。志希はほんの少しだけ悩む素振りを見せたが。
「ん、わかった」
 すぐに口調を変える。美嘉はそれの様子を見て満足したのか、話を切り出した。
「あたしはね。未来を壊しに来たんだ」
「未来を、壊す?」
「うん。そうだなー……ありきたりな言葉で表すならば……そう、タイムパラドックス」
 そんな美嘉の言葉に志希の表情に動揺が浮かぶ。当たり前だ、タイムパラドックス……時間の逆説。目の前にいる美嘉は、意図的に矛盾を生み出そうとしているのだ。サイエンスフィクションでもよく取り上げれる題材だが、それを実行すると言っているのだ。
「美嘉ちゃん。それって『何が起こるのか、わかっているの?』」
 志希は、美嘉の目を真っ直ぐ見つめる。一部の嘘も許せないように、監視するように。美嘉はそんな志希の瞳をしっかりと見つめ返す。
「『この場で未来を変えた場合、矛盾は生じない、かつ、パラレルワールドはこの世界には存在しない』……って言えば、なんとなくわかるかな」
 美嘉はアイスコーヒーの中身をストローでくるくると回しながらそう言う。その言葉に志希は瞳を見開く。
「……待って、待って、待って、待って。じゃあ、もし美嘉ちゃんが……誰か、例えばあそこにいる妊婦さんを何らかの理由っで亡き者にした場合、未来では……」
「うん。そういう事。未来で生きているはずだったあの子はいなくなる。存在もなかったことにされる」
 志希は固唾を飲む。『存在もなかったことにされる』。そう言った時の美嘉の目は完全に据わっていた。志希は椅子の背もたれに寄り掛かり、ガシガシと頭を掻く。落ち着けるわけがなかった。
「で? そんな恐ろしいことをするのはわかった。じゃあ、具体的に何を変えに来たの?」
 志希がそう尋ねると、美嘉は少しずつ息を吐きだし、口を開く。
「簡単に言うとね、そう遠くもない未来。この世界は、戦争を始めちゃうんだ」
 どこか遠い目をする美嘉、その雰囲気は異様という他ない。まるで、今その瞬間を見ているような……そんな錯覚を覚えるくらいだ。
「これさ、もうどうしようない戦争でね? 政府も政府として機能しなくなっちゃうし、他国は全部敵だって言って戦い始めちゃうし、無茶なことばっかりやってしまったから、地球はどんどん壊れちゃうし、それどころか地球が壊れてしまったせいで、食料とか医療品とかを求めて内紛状態になっちゃうし」
 美嘉の口は止まらない。唇が震え、呪詛の如く言葉を吐き出す。
「皆もバラバラになっちゃうし、莉嘉ともだって、ここ数年会えていない。志希ちゃんだって……」
 そこまで言って美嘉は口を噤む。何かを抑えているようだった。そんな様子を見ながらも、志希はある疑問が頭をよぎる。首を少しだけ捻り、美嘉の瞳を見続け、口を開いた。
「それ、志希ちゃん関係ある? もしかして、あたしが戦争のきっかけだったとか?」
「それは違う。絶対違うよ」
 間髪を入れず、美嘉は志希の言葉を否定する。『お願いだから、そんなこと二度と言わないで』そんな視線が志希に突き刺さる。誤魔化すように志希は目線を一旦外し。
「じゃあなんで未来を……壊す? ためにあたしのところに来たの?」
 と言った。
 志希にとってはあまりにも不可解なのだ。美嘉の目的が全然わからない。すると、美嘉が覚悟を決めたかのように口を開く。
「それはね、未来の志希ちゃん。死んじゃうんだ。いや……」
 美嘉が今にも泣きそうな笑みでこう言った。
「明日の昼の十二時に、殺されちゃうんだ」
◇ ◇ ◇
 今は外。まだまだ昼間なのもあってか陽も高く、頭の上には青空が見えている。スマートフォンで最後に見た天気予報には、今日いっぱいは晴れ、明日から雨と記載されていたことを志希は記憶している。隣で志希の手を繋いで歩いている美嘉はどことなく機嫌が良く、空を何度も見上げている。
「未来はさ、お空もお先も真っ暗なんだ。異常気象でさ、ず……っと雨が降り続いている。こんな青空なんて、何年ぶりに見たことか」
 美嘉は眩しそうに目を細める。美嘉のそんな言葉を聞いて初めて志希は気が付いたのだが、今の美嘉は病的なまでに白い肌をしている。日々の手入れの賜物かと志希は考えていたのだが、物資不足などの話を聞いている限り、その考えは正しくないのだろう。
 喫茶店で美嘉の目的を聞いた志希は頭の中で整理を始める。どうやら、一ノ瀬志希はこの時代……というより明日、大怪我をするらしい。それはあまりにも致命的で、十二年後には確実に死亡してしまうとのこと。未来の志希は戦争を終わらせるための兵器開発を進めていたらしく、志希が死んでしまった未来は文字通り、人類は進化の袋小路にはまってしまったらしい。
『志希ちゃんを助けて、未来の規律を変える』
 そう美嘉は言っていたものの、志希にはその言葉が嘘っぱちにしか見えなかった。未来のためとは言っているものの、美嘉には別の目的があるとしか思えなかったのだ。何か別の目的がないか志希がそんな物思いに耽っていると、美嘉は周りを気にしながら、志希に耳打ちを始める。
「ねぇ、今日は外で泊まれない? 志希ちゃんの家より、外の方が迎撃しやすいんだけど」
 迎撃。そんな物騒な言葉が飛び出してくる。美嘉曰く、この時代に向けて何人もの刺客がタイムトラベルをして来るらしい。目の前の美嘉を見て居れば、『敵』と呼ばれる者もタイムトラベルくらいしてきても不思議ではない。おそらく志希を殺す、ないし再起不能にすれば、未来は変わらないからだろう。
 命の危険に晒されている。未だにそんな実感は湧いてこないが、目の前の美嘉は真剣そのものなのだ。
「え、美嘉ちゃんからのお誘い? 参ったなあ~」
「茶化さないの。志希ちゃんの命に関わることだよ」
 美嘉はこつんと自分の拳を志希の頭にぶつける。志希は少しだけ舌を出しながら、財布を取り出し中身を数える。贅沢をしなければ、二人分のホテルは取れそうだ。美嘉は「福沢諭吉なんて久しぶりに見た」なんて苦笑いしている。志希は財布をしまい、軽く伸びをしながら、美嘉に向かい。
「ご休憩としゃれこみますかー」
 と言う。
 美嘉は一瞬きょとんとしたものの、すぐに志希の手を引き。にっこりと笑う。十七歳の城ヶ崎美嘉では見たことのない『余裕』の表情。
「朝まで付き合おうか? お姫様」
 志希はそんな美嘉を見て、ぷくっと顔を膨らませる。
「美嘉ちゃんのくせに生意気だ」
「これまで十二年間も志希ちゃんに鍛えられたからね。これくらい慣れっこだよ」
 そう言いながら、美嘉ははにかむ。そんな余裕のある美嘉を見て、さらに志希は膨らむ。なんだか、子供扱いされているみたいだ。そんな志希の様子を見て美嘉は頭をぽんぽんと叩く。
「はいはい、ぶすくれないの。お姫様、今日の寝床はどこですか?」
 美嘉は慣れたように志希を諭す。
 十二年ってこんなにも人を成長させるのか。いや、十二年後の志希ちゃんが美嘉ちゃんをいじり続けた結果がこれか。余計なことをしてくれる。
 そんなことを志希は考えながら、自身のスマートフォンの画面を立ち上げ、周辺検索を行った。
◇ ◇ ◇
 夜中。志希の家からは遠く離れ、所属しているプロダクションからは大体電車で七分の距離にあるビジネスホテル。小綺麗な室内で二人はダブルサイズのベッドで背中合わせで身体を休めていた。志希は眠れる気がしなかった。背後には非日常が寝息を立てているのだ。無理もないだろう。
 あれから、志希の目の前には刺客と呼ばれる者は現れなかった。いや、正確に言うと襲ってくることはなかった。事前に刺客に気が付いた美嘉がささっと刺客の隣に移動、籠手を装着し、刺客の首に手を置いていく。首に籠手を置かれた刺客たちは身を震わせあっさりと気絶、その場に崩れ落ちる。美嘉は何事もなかったかのように志希と合流し、雑談を始める。そんなことを五回ほど繰り返していた。
 美嘉が使っている籠手……通称『機械籠手』は未来で志希が開発したものらしい。籠手からは雷が発生するとのこと。美嘉曰く、籠手からバリバリって、雷が発生したらかっこよくない? というコンセプトから出来上がった……らしい。志希はそんな美嘉の言葉で納得してしまう。「あたしならやりかねないな」とさえ思っていた。そんなこんなで襲撃を回避しつつ、今身を預けているベッドに行きついたのだ。カーテンの隙間からは眠らない街が見え隠れしている。いつ何時襲われるのかわからない。直接襲撃はされていないものの、不安が募る。肝心の美嘉は気持ちが良さそうに背後で眠っている。
 志希は寝返りをうち、美嘉の背中を見る。昼間と全く同じ姿……だが、十七歳の美嘉とは明らかに違う城ヶ崎美嘉。服のインパクトで最初はあまり細かく見ていなかったのだが、一緒にユニットバスで入浴した時によくよく見てみると、服の下は生傷だらけであり、筋肉もそれなりついていた。言うなれば兵士のような身体つきだった。
『女性っぽい身体つきじゃないよね』
 と美嘉は自嘲気味にそう言ったが、志希は笑うことができなかった。美嘉が暮らしてきた未来は争いが絶えない世界なんだと、痛感したためだ。
「美嘉ちゃん」
 志希は小さく小さく蚊の鳴くような声で美嘉を呼んだ。気づかれなくても良い、志希はそう思っていた。
「何? 眠れないの? 志希ちゃん」
 美嘉はそう言うと、くるりと寝返りを打った。そんな美嘉に志希はこう声をかける。
「……寝てなかったの?」
「いや? しっかりと寝てたよ。志希ちゃんに呼ばれたから起きただけで」
「そんなに眠りが浅いの?」
「深く寝ちゃうと、死んじゃうしね」
 美嘉はそう言って、苦笑する。深く寝ちゃうと、死んじゃう。今のこの平和な国からは想像もつかない言葉だ。
 少しだけ、言葉に詰まった志希だったが、意を決し美嘉の瞳を見ながら、こう切り出す。
「ねぇ、美嘉ちゃん。美嘉ちゃんはさ、本当は未来を破壊しに来たわけじゃないんでしょ?」
 志希がそう尋ねると、美嘉は困ったような顔を見せる。肯定とも否定ともとれる曖昧な笑みだった。
「うーん、未来の破壊って言うのは、全部が全部嘘……ってわけじゃないけどなー」
 そう言って、美嘉は志希の方へ、身体を寄せる。十七歳の美嘉とはまた違う美嘉の匂いが志希の鼻腔をくすぐる。
「未来を破壊して、志希ちゃんを救って、戦争を終わらせる……って言ったけど、反理想郷も、法律とか摂理とか倫理とか改正とか……正直どうでも良いんだ」
 美嘉はそっと、志希を抱きしめる。美嘉の身体は小さく震えている。
「あたしはね、志希ちゃんを。助けたいだけ」
 その言葉に偽りはなかった。……いや、疑うことなんて、志希にはできなかった。志希はそっと美嘉に身を寄せる。
「親友を二回も失うのは、耐えきれないから」
 美嘉の声は強くしっかりとしていた……だが。段々と涙声か聞こえてくる。
「ごめんね。護れなくて。ごめんね……っ」
 美嘉は志希ではない志希にそう謝る。ずっとずっと長い間、後悔し続けていたのだろう。志希はただ、そんな美嘉に抱かれ続けた。逃げる気分にもなれなかった。
 もし、あたしが大怪我をしてしまったら、今の十七歳の美嘉も同じことをしてくれるだろうか? そんなことをふと志希は考える。しかし結論はすぐに出てきた。
 しちゃうんだろうなぁ。美嘉ちゃん、優しいし。
 そんなことを考えていると、志希の意識が少しずつ少しずつ遠くなっていた。美嘉に抱かれているからだろうか。呼吸が落ち着いてくる。
 やがて、志希は寝息を立て始めた。
◇ ◇ ◇
 朝、美嘉に起こされた志希は眠い目を擦りながらチェックアウトの手続きを済ませる。朝の七時。外は雨が降っていたものの、会社員で賑わっていて、いかにも平日の朝と言ったところ。眠らない街は一変し、ビジネス街の顔を見せ始める。そんな中、美嘉は丸眼鏡の下で周りを観察し続ける。
「美ー嘉ちゃん、チェックアウト済んだよー」
「ありがと志希ちゃん。ありがとついでで悪いけど」
 そう言って、美嘉は志希を引っ張る。美嘉の胸に埋まるような形で志希はバランスを崩す。直後。志希が先程まで居た場所にピシュンという音と共に穴が開く。
「うぇ⁉」
「街中でも容赦なしか」
 美嘉は志希の体勢を整え、手を引っ張る。
「正午まで……正午まで逃げきることができれば、未来は変わる」
 美嘉は丸眼鏡を上げながらそう言う。志希から見た、丸眼鏡の奥の瞳は、獰猛そのものだった。
「行こう。ここで立ち止まっているのは危ないから」
 そう言って、美嘉は志希の手を引き、歩き始める。街はいつも通りのはずなのに、志希と美嘉の周りには異常が付きまとっている。何度か美嘉がその場に止まり、別の場所へと志希を引っ張る。最初のうちは、わけがわからなかった志希だったが、すぐに刺客が自分のたちの前に立ちはだかっていたことを理解する。何度目かの道を変えた時、志希はあることに気が付き、小さく美嘉に耳打ちする。
「……誘導されてる」
「だね……悉く先回りされてる。……想定よりも遥かに人員を割いてきたね」
 そう言いながらも、美嘉は志希の手を引き歩いて行く。志希はそんな美嘉の手に引っ張られていく。大通り、路地裏、様々な場所を経由するが、どこでも刺客の影がちらつく。
「あたしたち、どこに向かってると思う? 志希ちゃん」
「……多分あのビル、かな。理由はわからないけど」
 志希が指差したのは都内でも有数の高層ビル。美嘉はその高層ビルを睨みつけながら、別の道がないか模索する……しかし。
「あっちもこっちも全部塞がってる……これじゃあ、別の道なんて行きようがない……‼」
 美嘉の言葉の通り、行く道行く道全てが追手に塞がれている。美嘉が『機械籠手』をフル活用すれば、対処することはできるかもしれないが、志希を庇ったまま戦うのはリスクが高く、消耗も激しい。美嘉の中では、一対多数の戦闘は最終手段にしたかった。
 誘導されるがまま、二人は高層ビルの中へと入っていく。エントランスは何の変哲もない状態で、受付嬢がひっきりなしにアポイントメントを確認している。志希も美嘉も周囲を警戒しながら、歩を進めた……その瞬間。
 轟音、閃光、志希たちの目の前で何かが炸裂した。一瞬、美嘉が先に行動していたため、志希は鼓膜が破れずに済んだ……が、目が潰れてしまって何も見えない。
「こっちだよ志希ちゃん‼」
 志希は声が聞こえたほうへ飛び込む。身体が宙に浮いたのも一瞬、何者かに持ち上げられ担がれる。……昨晩からずっと嗅いでいた匂い。志希を担いだのは美嘉だった。
 美嘉は志希を担ぎながら、エントランスを駆け抜け、エレベーターへとたどり着く。そして、背後へ振り返り、『機械籠手』をかざす。
「『起動』。全員、痺れろ‼」
 すると、『機械籠手』がスパークし、大量の電流がエントランスに向かって放電される。電気系統を焼き潰し、液晶や電灯が弾け飛ぶ。いくつもの悲鳴がエントランスに木霊する。
「……悪いけど、志希ちゃんを護るためだから」
 そう言って、悲鳴をよそに、エレベーターを呼び出す。すると、幸運なことに一階で停止していたらしい、エレベーターに乗り込んだ。
「志希ちゃん。一番上‼」
「え、あ、うん‼」
 志希は美嘉に言われるまま、最上階のボタンを押す。エレベーターの中には静寂が広がった。
「あと、三時間……‼ 三時間、越えれば、志希ちゃんを護れるんだ」
 そう呟く美嘉を見て志希は、そっと腕を掴む、目はもう回復していた。掴まれた美嘉は少し驚いたような顔をしたものの、すぐにはにかみ。
「大丈夫、絶対護るから」
 そう言って、志希の頭を撫でる。その瞬間、ガクンとエレベーターが音を立てて、停止する。エレベーター内にアナウンスが鳴り響き、緊急停止した旨を知らせられる。
「……降りなきゃ駄目かー」
「みたいだね」
 志希の言葉に美嘉はそう返す。ゆっくりとゆっくりと、エレベーターは最寄りの階層へ近づき、そこで緊急停止し、扉を開く。
 美嘉は『機械籠手』を構えながら、エレベーターから降り周囲を警戒する。そして素早く全部のボタンを押し、エレベーターのドアを閉めた。もし再稼働してしまったとしても、エレベーターを遅延させるためだ。志希もゆっくりと、美嘉の影から周囲を探る。すると……。
「くそ……‼ シキだ‼ あいつを始末しろ‼」
 遠くから人影が見える。こちらをことを認識しているらしい。美嘉が素早く動く。人影を一人、二人と殴り飛ばし、一人を壁に叩きつける。そして、『機械籠手』の電撃で一人を無力化する。
 四人組はあっという間に美嘉に撃破され、廊下に転がる。美嘉は志希の元へと戻り、手を引く。
「各階に人員を設置しているかもしれない。気をつけてね、志希ちゃん」
「美嘉ちゃんも……無理しないでね?」
 志希のそんな言葉に美嘉は困ったように笑い。
「ごめん、それは無理かな」
 そう志希に言った。
◇ ◇ ◇
 二人はビルの中を駆け抜ける。だが、行く先行く先、刺客がわんさか溢れ出していく。そのたびに美嘉が戦闘を行っているが、あまりにも数が多すぎる。美嘉はまだまだ疲れていなさそうだが、このままだと時間の問題であることは明白だった。
「……ねぇ。美嘉ちゃん、賭け。なんだけど」
「何? 絶対に負ける賭け事は嫌だよ?」
 そう言いながら、美嘉は周囲を警戒し、非常階段を駆け上がる。エレベーターが止められてしまった以上、移動方法が非常階段に限定されてしまっているのだ。
「屋上って、どうかな?」
「屋上?」
 美嘉は訝しむような表情で志希を見る。美嘉の頭の中では、屋上は危険だと位置付けていたからだ。狙撃の可能性であったり、それこそ叩き落とされればそのまま潰れたトマトになる。
「見つけたぞ‼ シキだ‼」
 そんな声が階下から聞こえる。美嘉は慌てて志希を背後に隠し、『機械籠手』で薙ぎ払う。
「……どちらにせよ、今は上に向かうしかない、か」
 そう美嘉が呟いた瞬間、ビル全体が大きく揺れ始める。そして、それと共に何やら轟音が聞こえてくるのだ。
「これ、階層ごとにぶっ飛ばしてない?」
 志希が冷や汗をかきながら、そう言う。
「外も地獄、内も地獄……全く、最悪な状況だね志希ちゃん」
 そう言いながらも、美嘉は志希の手を再び握り、抱え上げる。
「屋上。その賭けに乗るしかなさそうだね……‼」
 美嘉は声を荒げながら、階段を駆け上げる。
 一階、二階、五階とどんどん階段を駆けあがる美嘉。途中で何度か妨害が入ったが、意に介せず、お構いなしに雷撃で薙ぎ払う。美嘉にも疲労の色は浮かんでいるが、泣き言を言えるほど余裕はなかったのだろう。
 そして、屋上へたどり着く。『機械籠手』でドアを吹き飛ばし、外へ出る。外は相変わらず雨が降っており、地面を濡らしている。
 美嘉は屋上を警戒しつつ、志希を屋根が有る場所で下ろす。呼吸を乱しているものの、まだまだ動けそうなのはさすがと言うべきか、化け物と言うべきか。
 直後。
「危ない‼」
 美嘉は叫び、志希のことを突き飛ばした。志希は何が何だか一瞬わからなかった。しかし、その直後。
 轟音と共に、屋上に爆発と、黒煙があがる。志希の身体が紙のように吹き飛び、地面に叩きつける。
「ぐ……ぁぁっ‼」
 痛みで視界が歪む。ほんの一瞬とは言え、意識が飛びそうになる。だが、こんなところで気絶するわけにはいかない。立ち上がろうとする……しかし。
「あー……ちゃー、足、怪我してら」
 志希の言葉通り、志希の右脚……脹脛が爆発によって切れたのか、擦ったのか、血がにじんでいる。
「逃げて‼ 志希ちゃん‼」
 そんな声が屋上に木霊する。どうやら美嘉もまだ生きているらしい。志希は這いずり、移動しようとした……その時。志希の真横を弾丸がすり抜けた。
 どこから撃たれた⁉ 志希は呼吸をするのも忘れ、辺りを探ろうとした。二発目は……こない。
「馬鹿者! 撃つな! あいつは……」
 その言葉に志希は反応する。
 ウツナ。これってつまり。志希は、痛む足を引きずり立ち上がる。屋上に逃げ込んで正解だった、志希はそう確信する。
「あ、あいつ……‼」
 そんな声が後ろから聞こえてくる。しかし、そんなことはお構いなしに、志希はある場所へと向かう。そこは……。
「うわぁ……こんなところに立つのは初めて……かな?」
 志希が現在立っている場所は、屋上の淵。普通であれば柵が取り付けられるはずだが、先程の爆発によって、柵が吹き飛んでいたのだ。
「全く……十八歳でも随分と手を焼かせてくれるな、一ノ瀬志希」
 そんな低い声が響く。志希の前に、大量の奇妙な鎧を着た人型の何かが立ち並び、志希に向かって銃のようなものを向けてくる。だが、発砲することはない。
「取引をしようか、一ノ瀬志希」
 一際、偉そうな男……? は志希の前に出て、低い声そう言った。それを見た志希は、また一歩、淵に足を寄せる。
「実はな、十二年後の貴様にも同じことを聞いたが……我が軍に入ってくれないか? そうすれば、貴様の身の安全は確保してやる。何不自由のない暮らしを約束しよう。病気や怪我だって、最善のサポートを尽くしてやる」
 そんな言葉が志希の耳に届く。最善のサポート……ね。
「貴様が我が軍に入ってくれれば、我が未来は確かなものになるのだ。さすれば、世界は統一に導かれ、人類、ひいては地球、いや宇宙だって……」
「こーしょー決裂」
 つまらない。恐ろしくつまらない理想と魅力が一欠けらもない甘言だ。志希は心底呆れたような声を漏らす。
 昔、私のことを自分の派閥に取りこもうとしてきた科学者と全く同じことを言ってきた。本当に、心底、つまらない。
 志希はトッ……と後ろに向かってステップを踏む。その先には何もない。ただ眠らない街が広がっているだけだ。
「じゃ、さよならさん」
 そして、志希の身体は地球の重力に従って、落下を始めた。
 もしかしたら、前回の……十二年後の私も、同じことを考えていたのかな。志希はぼんやりとそう考える。全身が凍り付くような風に煽られ志希の身体が揺れる。地面まであと何秒なのか。志希の命が潰えるまであと何秒なのか。
 十二年後の一ノ瀬志希のように奇跡的に助かってしまうかもしれない。だが、前回よりもひどい怪我をするのは確かだろう。志希はそっと瞳を閉じ、耳を傾ける。びゅうびゅうと暴力的な冷風が志希の耳を殴りつけ、音を全てかき消す。その暴力的な冷風は容赦なく体温をも奪う。全身が氷のように冷たくなる。
 即死、したら楽になれるのかな。
 そんなことを志希は考える。今まで、後悔が多かった人生だったかもしれないが、今この瞬間はとても満ちていた。
 だが、そんな想いも徐々に霧散していく。
 確実に迫ってくる死という言葉と感覚、恐怖がゆっくりと確実に志希を蝕む。
 怖い。怖い……‼ そんな恐怖が志希の中を駆け巡る。そして、志希は恐怖で思わず口を開く。それは、小さな、小さな弱音。
「助けて、美嘉ちゃん……っ」
 その瞬間。志希の耳に何かが入る。
「志希ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっっ‼」
 雷鳴。閃光。鳴り響く、待ち望んだ声。
「捕まって‼」
 その言葉に、志希は目を見開く。凍てつくような冷気とが目に沁みるが、そんなことはどうでも良かった。志希の目の前には、血だらけになって志希に追いすがる美嘉の姿があった。
「何があっても助けてみせる。あたしはそう言ったよね⁉」
 美嘉は志希の手を掴み、抱き寄せる。美嘉の身体は暖かく、今でも死が迫っているというのに、志希は妙な安心感を覚える。
「もう二度と、親友を失いたくない。ってあたしは言ったよね⁉」
 志希を抱き寄せたまま、美嘉は『機械籠手』を起動しながら、ゆっくりと建物へと近づく。
「置いて行かないでよ……置いて行かれてしまう人間のことを、ちょっとは考えてよ……っ」
 迸る電撃と共に、美嘉は建物に籠手を突き刺す。建物の壁を砕く音、そして、おおよそ人間が鳴らしてはならない痛々しい音が志希の耳に届く。その光景に志希は叫びそうになる。しかし、美嘉はやめる気配がない。がりがりと建物の外壁を削りながら、志希と美嘉は地面へと堕ちていく。そして……。
「地面に到着……っと、もう、こんな紐なしバンジーは、勘弁してね」
 息も絶え絶えで美嘉は志希を抱きしめながら、そう言った。二人は無事地面に着地することができた。美嘉の右腕は変な方向に曲がっていたが、本人は全く気にも留めていない。しかし、そんな二人を追手たちが取り囲んでいく。もう目では数えきることなどできない。何人も何人も二人を囲み、やがて層になる。
 そして、全員が一斉に銃を美嘉たちに向ける。交渉は屋上の時点で決裂した。一ノ瀬志希を生かしておく義理はもうない。このままだと、一ノ瀬志希も城ヶ崎美嘉も助からない。志希はこれまでかと目を瞑る。相変わらず、死の恐怖は治まってくれないが。
 すると、美嘉がこつっと、志希の額へに軽く頭突きをした。志希が驚き目を開くと、そこには血だらけながらも笑顔の美嘉がそこに居た。
「お姫様? まだ諦めるには早いのではなくて?」
 そう言って、『機械籠手』を起動する。振動が、閃光が辺りにを照らし、霧散する。
「……後悔しろ。あたしの大切な人に手を出したことを」
 美嘉は低い声で、周りにそう告げる。『機械籠手』がスパークを始める。スパークによって照らされた美嘉の表情は全てを喰い殺さんとばかりの憤怒の表情。その表情に追手たちはたじろぎ、対峙したことを後悔をする。
「シ、シキを止めろ‼」
 遠い未来では武勲を数多く立て、多くの人類に恐れられていた城ヶ崎美嘉。そんな美嘉にいつからか、一つの異名が付けられていた。それは……。
「お前ら、全員、許さないからな?」
 『雷狼のシキ』だった。
 美嘉が戦い始めてから、どれくらい経ったのだろう。
 美嘉が行った戦闘はあまりにも激しく、元々傷だらけだった志希はいつの間にか気を失っていた。周りを何とか見渡すと、ポリバケツが見える。
 路地裏? 美嘉ちゃんが運んでくれたのかな?
 志希はぼんやりとそう考える。頭がちっとも回らない、思考が定まらない。周りも全然見えない。そんな朧げな視界で志希は、城ヶ崎美嘉が崩れていくのを見た。文字通り、城ヶ崎美嘉という存在が細かな粒子となり、ぱらぱらと崩れる。活動限界、彼女の時間遡行はもう限界だった。しかし美嘉の表情は晴れやかなものだった。美嘉が粒子化している原因……それは、代償。人類が……一人の女性が時間を戻るためには命そのものの代償が必要だった。美嘉の時代の技術力では、それが限界だった。
 しかし未来は変わった。城ヶ崎美嘉が犠牲に……代償を払ったため、一ノ瀬志希は生き残ったのだ。美嘉の中ではこれ以上にないくらい、ハッピーエンドだった。
 すると、志希のポケットが震え始める。振動音はほとんど雨音にかき消されていたが、志希のポケットが淡く光っているため、そこに何か入っていると推察ができた。美嘉は今にも壊れてしまいそうな身体を動かし、志希のポケットに手を入れ何かを取り出す。そこには蜘蛛の巣のように亀裂が入ったスマートフォンが入っていた。ボロボロであるものの、まだまだ使用できるらしく、現に着信している。その相手は……。
 美嘉は血だらけの指で画面をフリックする。もう、美嘉の視界はほとんど何も映していなかった。それでも、彼女はマイクに向かって、こう言った。
「志希ちゃんを、よろしくお願いします。未来でも、すっごく無茶なことをしでかします。貴女が見守ってくれないと、すぐに大怪我をしてしまいます。失踪癖は解消されます。根気よく待っててください。未来は雨ばっかり降っています。志希ちゃんはすぐに、洗濯物を溜め込むので、定期的に様子を見てください。あぁ、あと、雨ばっかり降っているせいもあって、気温が下がっています。だから、油断するとすぐに志希ちゃんは風邪を引いてしまいます。だから、ちゃんと監視してあげてください。志希ちゃんもよろ」
 スマートフォンが砕け、光が散る。どうやら故障してしまったらしい。路地裏にいるのは一ノ瀬志希のみで、他には誰もいない。何故ここに一ノ瀬志希がいるのか、何故こんな雨の日に出かけたのか理由は不明瞭。いつもの一ノ瀬志希の失踪癖の弊害だろうか。
 早いところ、屋根のある場所へ避難しないと、風邪を引いてしまうだろう。
 しかし、そんな心配も杞憂となるのだろうか。
 雨はもう、上がっているのだから。
◇ ◇ ◇
 身体を揺さぶるほどの轟音と共に目が覚める。ここはどこだったか。薄汚れた天井が、私こと、一ノ瀬志希の視界に入る。随分と硬い寝床で眠っていたせいか、全身がギシギシと軋みを上げている。それもそのはず、私が今まで寝ていた場所はコンクリート床の上ようだった。
 気休め程度に布やら服やらが重なっていたが、焼け石になんたら、お世辞にも寝心地が良いと言えるものではなかった。軋む身体を無理矢理起こし、私は周りの様子を窺う。そこは、絵に描いたような廃ビルであり、壊れてぶら下がった蛍光灯や、壁に追いやられた机たちが、この建物に持ち主が存在しないことを物語っている。
 ふと、私の視界に何かが横切る。それは……。
「志希ちゃん⁉ 起きたの⁉」
 そう叫ぶのは、桃色の髪を持つ女性。今は動きやすい軍服に身を包み、丸眼鏡は相変わらずだ。私はそんな女性に向かってこう声をかける。
「いやー参った参った。大怪我ついでに昔の夢まで見ていたみたい」
 そう言って、私は身体を起こす。今はもう乾ききっているが、赤黒い斑点がいくつも私の服に浮かび上がっている。つい先日、瓦礫の下敷きになってしまい、結構な量の血を流してしまったのだ。……どうやら、こうして生きているということは、助かったのだろう。
「危ない。危ない。まーた美嘉ちゃんを置いて行きそうになった」
「志希ちゃんはいくらなんでも無茶しすぎなんだって……‼」
 美嘉はそう言って、窓ガラスが全て吹き飛んだ窓辺付近から外の様子を窺っている。先程の轟音は、そうか、襲撃だったか。私は先程の夢を思い出しながら、深い深いため息を漏らす。
 そう、未来は変わることを拒んだのだ。戦争は回避できなかった。
 私個人なんて、ちっぽけな存在が生き延びただけでは、世界は変わることはなかった。でも。
「美嘉ちゃん」
「何? 志希ちゃん」
「頑張って、生き延びよう。二人で」
「……もちろん」
 美嘉は不思議そうな顔を浮かべながらも、私の言葉が少しだけ恥ずかしかったらしい。耳がほんのりと赤い。
 私は無理矢理立ち上がり、壁に背を預ける。そして、寝床の傍らに置いてあったポーチの中から、双眼鏡を取り出す……今日も生存競争を勝ち抜くために。
 いつかはこの命の灯は燃え尽きてしまうだろう。だが、投げ出すなんてことはできない。それは、あの美嘉にも、目の前の美嘉にも失礼だから。
「あーあー、記録記録。今日は一ノ瀬志希が記録するよ。二〇二六年、二月十九日は」
 未来は快晴、雨一つなし。
END