数年前のことです。北海道に白雪千夜という少女がいました。
その頃はまだ、よく食べよく眠りよく遊ぶ、そんな元気の良い至って普通の女の子でした。今でもよく食べよく眠っているようですが。
そんなよく食べる彼女の大好物。それは、アスパラガスだったのです。
ただ、そんな彼女にとってちょっとだけ不運なことがひとつ。
「千夜!お前……またアスパラガス持ち込んだな!」
「アスパラガス持ち込むくらいいいじゃん!」
彼女の両親は、大のアスパラガス嫌いだったのです。
白雪家は、代々北海道に住んできました。しかも、周りはどこを向いてもアスパラガス農家ばかりという立地。そんな環境に辟易としていたのか、千夜の父親は異常なまでにアスパラガスが嫌いになってしまいました。例えば、スーパーでアスパラガスを見かけると気分が悪くなるとか。アスパラガスを見るだけで憎しみが沸き起こってくるとか、そんな程度です。重症にも程があります。
一方、母親の方はというと、最初は普通にアスパラガスが嫌いなだけでした。ですが、度を越したアスパラガス嫌いの夫と結婚したことでアスパラガス嫌いはエスカレート。今では夫と同じく、アスパラガスを嫌って嫌って仕方の無いアスパラガス嫌いの母親となってしまったのでした。
そんなアスパラガス嫌いの両親は、千夜がアスパラガスを隠し持っていると知るとあっという間にアスパラガスを奪い去り、暖炉の燃料にしたりガソリンをかけて燃やしたりするのです。アスパラガスへの迫害です。
「アスパラガスがあ〜~~!」
「何度でも言うぞ。この家にアスパラガスを持ち込むなよ」
いつもは優しい両親なので、千夜は両親のことが大好きでした。両親の方も、何度アスパラガスを持ち込まれてもあくまで制裁はアスパラガスへ。千夜の事は大切に思っていました。そんな訳で、仲のいい一家だったのです。ただ一つ、アスパラガスの好みを除いては。
でも、そんなアスパラガス嫌いの両親を持ちながらなぜ千夜はアスパラガスを好きになってしまったのでしょうか。
それは、アスパラガス嫌いの両親の目を掻い潜って千夜にアスパラガスを与えてしまった人物がいたからなのです。
では、その人物とはいったい誰なのでしょうか。
「千〜夜ちゃんっ!」
「ちとせちゃん!」
そう。黒埼家の令嬢、黒埼ちとせなのでした。
発端は仲良くなってしばらくしてからのことです。
「えっ⁉アスパラガス食べたことないの⁉」
頷く千夜。
「どうして⁉」
その問いに千夜は答えました。
両親が異常なまでのアスパラガス嫌いなのだと。
それを聞いて、こんなに周りがアスパラガス農家だらけなのにアスパラガスを食べさせてもらえないことを不憫に思ったちとせは、アスパラガスを食べさせてあげることにしたのです。
その結果、千夜はアスパラガスの美味しさに夢中になってしまったのでした。
その様子を見たちとせは、今でもアスパラガスを隠れて持ってきてくれるのです。
「……いつもの、持ってきてくれた?」
「もちろん!はい」
……女子間でやり取りされるものなのでしょうか、アスパラガスは。
そして千夜はアスパラガスをいつもの場所に隠すと、ちとせと遊びに行くのでした。
「……なぁ、ついに来ちまったな。白雪家」
おや。どこからか声が聞こえてきますね。
「あぁ……俺たちを迫害することで有名な、あの白雪家に……!」
その声の主は、アスパラガス。
「奴らに見つかった仲間達は……言うのもはばかられるような目にあって……っ!」
「くそぉっ……!」
どうやら白雪家の悪評はしっかり届いているようです。
「できれば何事もなく千夜ちゃんに食べられたいけどなぁ」
「同感だよ……」
アスパラガス達はそんな未来を夢見ながらも、陰鬱な気分になってしまうのでした。
そんな調子でアスパラガスの迫害が繰り返されていた白雪家に、ついに転機が訪れてしまいました。
「……ついに来たな、白雪家」
「あぁ……!俺達は復讐心に燃えるアスパラガスだ!奴らに復讐をしてやる!」
なんということでしょう。
復讐心に燃えるアスパラガスの一団がやって来てしまいました。
千夜が近くの直売所で隠れて買ったアスパラガスが、偶然にも復讐心に燃えていたのです。
「……とはいってもだ。千夜ちゃんを巻き込む訳には行かないよな」
「そうだな……俺達は確かに復讐心に燃えるアスパラガスだが、あんなに美味しそうにみんなを食べてくれる千夜ちゃんを巻き込むほど落ちぶれたアスパラガスではないからな」
「なら、決行は千夜ちゃんが次に外に出た時にしよう」
「そうしよう」
そしてそのタイミングは、ある意味最悪なタイミングで訪れてしまいました。
いつものように、復讐心に燃えるアスパラガスが両親に見つけられた時のこと。
その日、千夜は偶然気が立っていたのです。
「いっつもアスパラガスを見つけて奪い去って……!アスパラガスが異常なまでに嫌いな父さん母さんなんて大っ嫌い!」
そう吐き捨てると、千夜は外に出ていってしまったのです。
「千夜!待ちなさい!」
追いかけようとするも、振り切られてしまって家に帰ってくる他無くなってしまった両親。
そこを待ち構えていたのは、火炎放射器を構えたアスパラガスでした。
「お前達は……アスパラガス⁉」
「ああそうだ。お前達が長くにわたって迫害し続けてきた!復讐心に燃えるアスパラガスだ!」
「……一体何をする気だ」
「復讐だよ。仲間達が味わった苦しみ……お前達も味わえ!」
「待てっ…………」
白雪家は炎に包まれました。
父親母親は、アスパラガス達が暖炉の燃料にされた時のように苦しんで亡くなったそうです。
……落ち着いた千夜は帰ってきました。
燃え盛っている我が家へ。
「……なに、これ……」
あんなのが最後の会話になるなんて。
……アスパラガスの事くらいで喧嘩をしなければ。
……。
……そもそも私がアスパラガスを好きだったのが悪かった?
千夜の思考は、悪い方向に向かい続けました。
「……こんな所でしょうか」
時は変わって現代。白雪千夜は、お弁当を作っていました。
……そのお弁当には、アスパラガスが添えられています。
それはちとせのお願いの一つで、千夜は律儀にそれを守ってアスパラガスを入れ続けているのです。
ですが、食べる時、彼女は知らず知らずのうちにアスパラガスを最後に残してしまいます。
……ちとせが思うところによれば。
「……多分ね、あの子、ちゃんとアスパラガスと向き合えてないんだ。幸せだった頃の象徴みたいなものだしね。だけど、私はちゃんと向き合って欲しくて。だからお弁当にアスパラガスを入れてって、お願いしてるの。……ちゃんと向き合える時が来たなら、少しは私の僕ちゃんじゃ無くなりそうじゃない?」
家を燃やしたのがアスパラガスであることを、千夜は知りません。ちとせでさえ知り得ません。その真実を知る時が来るのかどうかも分かりません。彼女があの夜に、向き合える時が来るのかも、越える日が来るのかも。
と、いうのが白雪千夜の過去のお話。昔話はここまでです。ここからは、未来のお話をしましょう。
晴れ渡る青空。白い雲。いたっていつも通りの朝……のはずでした。
千夜の悲鳴が、いつも通りの朝を切り裂きました。
「お嬢様ァッッッ!」
「どしたの千夜ちゃん⁉そんなに慌てて!」
「あ……あす……あ……」
「千夜ちゃん⁉」
あまりの出来事だったのか、千夜の口からは言葉らしい言葉は出てきません。
その原因は、すぐにわかりました。
「千夜さん!好きです!」
千夜を好きだという輩が、千夜の後を追ってやって来ていたのです。
「ひいっっっっっ!」
「……失礼だけど、貴方は?どうしてこの家にいるの?」
ちとせは千夜を好きだという輩を問い詰めます。すると、千夜を好きだという輩は答えました。
「私はアスパラガスの霊です」
「アスパラガスの霊⁉」
「千夜さんのことが好きで好きで仕方なかったので、生き霊となり人の姿をとって現れたのです」
「そんなことって……」
あります。
物にだって心はあるし、だから物だって恋をします。
なので、物が生き霊となって彷徨い出ても、何もおかしくないのです。
「そっか」
「そっかじゃありませんよ!」
ちとせは今の状況を受けいれたようですが、千夜はそうも行きません。
千夜はアスパラガスに苦手意識を抱いているのです。恐らく。
「お嬢様、弁当と朝食は用意してありますので。では!」
早口で言うと、千夜は全力で家を飛び出しました。
「あっ!待ってください!千夜さん!」
それを追ってアスパラガスも出ていきました。
静かになった家で朝ご飯を食べながら、ちとせは思うのでした。
「……時が、来たのかもね……」
千夜がまず向かったのは、事務所でした。
事務所というと、この人がいます。
「お前ェェェェ!」
「おはよう千……朝からどうしたんだその汗!」
プロデューサーです。
アイドルたるもの、何かあったらプロデューサーを頼ってみるのも一つの手段ではあります。
ストーカー相手なら、毅然とした対応をしてくれそうですしね。
「おま……アスパラ……スト……」
「なんて……?」
息切れして、思うように言葉が出ないようです。
そうこうしているうちに、アスパラガスの霊がやってきました。
「待ってください!千夜さん!」
「ひぃっ!」
そのやり取りを見て、プロデューサーは大体のことを察したようです。
「は〜ん……なるほど読めたぞ。千夜はストーカーに追われていたのか」
「ストーカーではありません。千夜さんのことが好きで仕方なくて人の姿をとって生き霊となったアスパラガスです」
「千夜のことが好きで仕方なくて人の姿をとって生き霊となったアスパラガス?アスパラガスでもストーカーはストーカーだろ」
「だからストーカーではありませんと言っています」
「君がストーカーでないならどうして千夜はこんなに怯えているんだ」
「私には分かりません」
アスパラガスの霊はしれっと言ってのけました。
「ともかく君が千夜を怯えさせているのだけは間違いないんだ。暴力してでも追い出してやる」
「私に暴力で勝負を挑もうというのですか、面白い。かかってきなさい」
「アスパラガスのくせにやけに自信満々だな」
プロデューサーが飛びかかると、アスパラガスの霊はひらとかわし、みぞおちに蹴りを一撃叩き込みました。
「ごふっ」
「ふふ、これが恋するアスパラガスの霊の力です」
「恋するアスパラガスの力だと……!」
恋はアスパラガスでさえも変えてしまうようですね。
「だが君もここまでだ。俺は既に増援を呼んだ」
「腕っ節なら負けませんよ」
「霊に腕っ節で挑もうと思うか?」
「貴方がしたじゃないですか」
「そうだったわ」
「ふざけてるんですか?」
「言葉のアヤってやつだよ」
そうこうしていると、プロデューサーが呼んだという増援が来ました。
「呼びましたかっ!プロデューサーさん……何があったんですか⁉ボロボロですよ⁉」
「来たか、歌鈴!」
増援とは道明寺歌鈴のことでした。ドジっ子巫女さんアイドルです。
「巫女さんとは。少しは考えたようですね」
「そりゃあな。ちょうど事務所来てくれてたし。ということでお祓いを頼む」
「分かりましたっ!かしこみかしこみ……」
お祓いをしてみましたが、特に変化はないようです。
「なんだと⁉」
「ふふ、これが恋するアスパラガスの力です」
「恋するアスパラガスの力だと……!」
恋はお祓いすら吹き飛ばしてしまうようです。
「ごめんなさい……!私の力が及ばないばかりに……」
「いや、ありがとう歌鈴。これで足止めには十分だろう」
「足止めですって?」
アスパラガスの霊が周囲を見回すと、ある人物の影がないことに気づきました。
「……計りましたね」
「その通り。暴力で挑んだのも時間稼ぎの茶番さ」
「本当ですか?」
「お祓いが効き目なかったのは想定外だったけどな……」
「負け惜しみじゃないですか」
「だが現実はどうだ?千夜はとっくに脱出済み、そしてお前はここにいる。作戦勝ちは作戦勝ちだ」
「くっ……!しかしそうと分かればもうここにいる必要はありません。おさらばします」
アスパラガスの霊は行ってしまいました。
「……俺が出来るのはここまでだ、頑張れよ、千夜……!」
プロデューサーは膝をつきました。先の一撃がよほどこたえているようです。
「……あの、一ついいですか」
「なんだ歌鈴」
「相手がストーカーなら……警察を呼べばよかったんじゃ……」
歌鈴の至極当然の指摘に、プロデューサーは悔しそうに言いました。
「あのな、歌鈴……この世の法律は人は裁けるが……アスパラガスとか幽霊とかを裁く法律は無いんだよ……‼」
他にも、超能力を用いた犯行も裁けないですし、ロボットによる犯行も裁けません。
この世の法律には、まだまだ抜け穴は多いのです。
いっそ全てをバラバラにした方がいいのかもしれませんね。
とまあ、よくわかるようなわからないような返答に、歌鈴はうなずくのでした。
「……とと、そんなことより!早く医務室へ!ほら、私が支えますから!」
「ああ、頼む……」
しばらくあとのことです。
息を整えていた千夜の元に、アスパラガスの霊が現れました。
「まだつけていたのですか⁉」
「教えてください!どうして千夜さんはそこまでして私の事を避けるのですか⁉」
千夜は言います。
「…….貴方が、アスパラガスだからです。アスパラガスを見ていると……嫌なことを思い出す」
それは幼き頃の記憶。アスパラガスの事で喧嘩して家出をして、帰ったら家が燃えていた。
彼女はまだ下手人がアスパラガスであることを知りませんが、それでもあの夜はアスパラガスと紐ついた記憶として、脳内に留まり続けているのです。
しかし、その一言が悪かった。
「……アスパラガスだから?……貴方もそうやって、アスパラガスを差別するのですか」
アスパラガスは、差別されたと思い込んでしまったのです。
「こうなれば貴方も……いやお前も!火炙りにしてやる!」
可愛さ余って憎さ百倍とかなんとか、言いますからね。
そうして、火炎放射器を持ち出したアスパラガスを見て、千夜はあることを悟りました。
「……まさか……あの火事の原因は!」
「そうだ。復讐心に燃えたアスパラガスが、あの家を燃やし尽くしたのだ」
様々な感情が押し寄せてきた千夜。目の前にいるのは危険人物……いや、危険アスパラガスなのもあり、すぐさまその場を走り去りました。
再び事務所。
「アスパラガスとはそんな因縁があったのか……」
「そうらしいの。そっか……そうだったの……」
沈む千夜を部屋の奥の方に置いておき、会議が開かれていました。
もはや相手はストーカーどころか純然たる危険アスパラガスなのです。対策を立てないことには話になりません。
「そういうことだから……みんな、協力してもらってもいいかな?」
「うん。同じ事務所の、同じ部署の仲間だしね。みんなもいい?」
全員が了承の意を示し、対策会議が始まりました。
「はいっ!」
「どうぞ、歌鈴」
「お祓いをしてみては!」
「お祓いか……復讐心に燃えたアスパラガスの力が未知数なのがネックだよな……」
「そうですね……恋するアスパラガスの力も相当でしたし……」
「はい」
「泉」
「アスパラガスと食べ合わせの良くない食べ物を使えば、近づくのは阻止できるんじゃないかな」
「アスパラガスと食べ合わせの良くない食べ物?」
「うん。いくら復讐心に燃えたアスパラガスでも、苦手なものに突っ込んでくるとは思えないし」
「いい策かもな……」
「ただ問題がひとつあってね。アスパラガスと食べ合わせが悪い食べ物って聞いたことがないんだよね……」
「じゃあどうするんだよ……」
「だったら……ブラフをかけたらどうかな」
「ブラフ?相手はアスパラガスそのものなんだぞ、加蓮」
「分からないよ?思い込みって凄いから」
「そっか……試してみる価値はあるかもな」
「ということでここにフライドポテトがあります」
「使えと⁉」
「差し入れのつもりだったけど……事態が事態だからね。使って」
「分かった、ありがたく使わせてもらうよ」
作戦は固まったようです。
「そしたら、この辺で嵌めてみよっか。上手くすれば封じ込められるかも」
「あっという間にこの辺の地理にも詳しくなっちゃって」
「まあね」
作戦展開地域も絞れたようです。
「……よし!アスパラガス撃退作戦、開始だ!」
アスパラガスの霊がやってきました。
「ヤツの所属する事務所は確か……」
「ここから先には行かせないよ」
勝手に作戦展開域にやってきたアスパラガスの霊は、凛に呼び止められました。
「ほう?だがどうやって私を止めるつもりだ」
「知らないの?ポテトはアスパラガスと食べ合わせが悪いんだって」
自信満々に言い放つ凛。
(……これで騙されてくれればいいけど……)
(でも相手はアスパラガス本人ですよ?そんな上手く……)
「なっ……!やめろ!それを近付けるな!」
(行っちゃった……)
自信満々に言い放つのがコツだそうです。
「ほら?ほらほら?」
「ポテトだよ〜?」
他方からもポテト責めを行ってみます。
アスパラガスは、既に虫の息になっていました。
「だ……だが!私には火炎放射器がある!ポテトを燃やし尽くしてくれよう!」
「そうは……させないよ!」
上空から人影が降ってきたかと思うと、手に持っていた火炎放射器を弾き飛ばしました。
「これで自慢の武器も使えないね」
電光石火の早業。アスパラガスは呆気に取られてしまいました。
「ありがとう、真」
「このくらいいいよ、凛。アスパラガスと戦うから増援に来て欲しいって言われた時にはびっくりしたけど……」
そんな会話をしていると。
「こうなれば……!暴力で挑んでやる!」
アスパラガスが暴力に訴えてきました。
それをひらりとかわしながら。
「霊に暴力って通用するの?」
「生き霊だから大丈夫なんじゃない……?」
「そっか……あんまり手を上げるのは好きじゃないんだけど……仕方ないか!」
アスパラガスが見せた隙に真が一撃。
よろけた所に凛が一撃。
見事な連携攻撃で、アスパラガスを追い詰めていきます。
アスパラガスが弱ったと見た凛は。
「歌鈴!お祓いお願い!」
「はいっ!かしこみかしこみ……なんとか……かんとか……」
しかし、お祓いがやっぱり通用しません。
「復讐心に燃えたアスパラガスの力を見たか!」
「そんなぁっ!」
「ずっとやり合ってたんじゃ、こっちも持たないよ……!」
「それでもやらなきゃ。限界だって越えてみせる……!」
千夜は事務所にいました。
先の一撃で倒れたプロデューサーも、まだ様子を見ろとアイドル達に事務所にいさせられていました。
「……お前」
「なんだ千夜」
「あの人達は……どうして私なんかのために」
「そりゃあ、仲間だからじゃないか」
「仲間だから?」
「ああ。全力で競い合うし、苦難にぶち当たったなら助け合う。仲間だ」
「……私なんかが、あの人達の仲間たり得るわけ」
「あるんだな、それが。少なくともアイツらは絶対にそう思ってるよ」
「……」
千夜は黙って考え込んだような様子を見せると。
「……では、その想いに応えるくらいはしなければなりませんね」
「何をするつもりなんだ?」
「決まっているでしょう」
千夜は部屋の扉に手をかけて、言いました。
「料理ですよ」
「これが復讐心に燃えたアスパラガスの力……」
「そうだ!復讐を終えるまで決して止まらないのだ!」
「正直そこまで大変でもないね」
「うん。何度も立ち上がりはするけど適当に打ち込めば倒れるし……」
「ポテトが食べ合わせ悪いって信じ込んでるしね……」
「おかげでボロッボロだし……」
「でもお祓いは効かない、と」
「すいません、私の力不足で……」
「何を落ち込んでいる!これが復讐心に燃えたアスパラガスの力なのだ!」
「なんか励ましてるけど……」
とはいえ、みんな扱いに困ってしまったようです。
これではレッスンにも行けません。
「皆さん、大丈夫ですか」
「うん、全然大丈……千夜⁉」
千夜がやってきました。
「もう大丈夫なの⁉」
「はい。皆さんの姿を見て、私もアスパラガスと向き合わなければと思いまして」
「千夜ちゃん……!」
すると、千夜は火炎放射器を構えて。
「さあ、かかって来なさい。……久々にアスパラガスを料理しましょう」
「なんだと!」
アスパラガスが向かってきました。
「一直線的な動き……これなら焼くのは簡単ですね!」
火炎放射器でアスパラガスを焼いています。いい火加減のようです。
「あの夜から、アスパラガスから目を逸らし続けていました……私がアスパラガスを好きにならなければ、アスパラガスの事で喧嘩しなければ……そう思うと、アスパラガスを食べようという気力も起きなかった」
「千夜ちゃん……」
「ですが、私は真実を知りました。少なくとも、アスパラガスが好きであったからこそ、貴方のように復讐心に燃えたアスパラガスの生き霊が討ち入りするようなことは無かったのだと」
「えっそうかな」
「アスパラガス好きな子を巻き込もうとは思わないでしょ」
「だから……今日こそ、ちゃんとアスパラガスを食べます」
火を消すと、そこにあったのはただの焼きアスパラガスでした。
軽くオリーブオイルをかけました。
「では……いただきます」
軽くオリーブオイルをかけたただの焼きアスパラガスを食べて、千夜は言いました。
「……そうでしたね。アスパラガスは、美味しい食べ物でしたね……」
それからと言うもの、自主的に千夜は弁当にアスパラガスを入れるようになりました。
もちろん、アスパラガスを残すようなこともしていません。
「え〜?今日もアスパラガス入れるの?」
「いいじゃないですか。美味しいですから、アスパラガス」
そうして勝手にアスパラガスを入れる様子を見て、ちとせは少しだけ安心しました。
少しだけ、"僕ちゃん"から離れたと。
……これで、安心して逝けるかな。
アスパラガスの皆も安心しました。
やっぱり、安心できる環境というのはいいものですね。
では、最後に一言だけ。
好き嫌いは、できるだけなくした方がいいと思います。